3本指と4本指でのホールディング 補足記事

一昨日の記事に1日足らずの間にたくさんのご意見をいただけて嬉しい限りです。
みなさんから寄せられた意見を元に記事に書いたことを少し見直す必要があるのと、3本指のホールディングをもう一歩踏み込んで考えたいので補足記事を書きます。


<元記事 クライミングにおける3本指と4本指でのホールディングを科学する>


 


力のモーメントに関する補足

元記事に書いた「オープンハンドとクリンプでは、クリンプの方が力のモーメントが大きい」という点が本当なのかという突っ込みが入った。
というのも人間を丸々1つの剛体と仮定すると、その重心に重力が働くと考えられる
するとオープンハンドでもクリンプでも人間のお腹あたりにあるはずの重心位置と壁の支点との距離は変わらないのではないか、変わったとしても1.7倍(壁と第三関節の距離の差)まではいかないのではないか、というツッコミである。
この点は僕自身も少しもやもやしていて混乱したのだが、おそらく「人間を1つの剛体(どんな力を加えても変化しない物体)とする」という仮定に無理がある気がする。
むしろこの議論で考えたいことが、指が体重を保持し切れるかどうか、つまり力を加えた時に手の形状が変化してしまうかどうかということなのである。
よって元記事で引用した『スポーツクライミング教本』などは、
“一旦手を剛体と考えたモデルで力のモーメントを計算しましょう。そうするとオープンハンドとクリンプでは手にかかる力のモーメントがそれぞれxxとなるので、保持し切るだけのxxという力がなければ剛体を維持できませんよね”
というスタンスなのだと思う。
よってクリンプの方が力のモーメントが大きいというのは、今考えたい指にかかる負荷という観点からは正しいと考える。
ただし筋肉や腱が働く仕組みも複雑なので、単純な力学的に力のモーメントをそのまま手にかかる負担と結びつけるのは正しいのかという議論はまた別にあるかもしれない。

  

深指屈筋は弱くない

「オープンハンドで主に使用する深指屈筋はクリンプで使用する浅指屈筋と比べて一般的には弱い」ということを元記事に書いたのだが、これは少し誤解を招く表現だった。
というのも筋肉は断面積が広いほど強い力を発揮するが、実は深指屈筋は浅指屈筋よりも断面積は大きい
<頂いた画像 前腕の断面図>

また深指屈筋は浅指屈筋よりも遠い肘の位置から付いていることも大きな力を発揮する源になっている。
つまりポテンシャルとしては深指屈筋の方が大きな筋力を出せるものは秘めているのだ。

ではなぜクリンプの方が強い力を出せるのか。
元記事に書いたようにクリンプには虫様筋も動員できるというのもあるが、深指屈筋と浅指屈筋とだけ比較してもいくつか理由が考えられる。

・深指屈筋は機能させることが難しい
まずは単に深指屈筋がどれだけ断面積が大きかろうと、そもそも第一関節を曲げることが難しく機能させることが困難というコメントももらった。
日常生活だけだと負荷も少なく筋肉が機能していないのかもしれない。
また傾向として子供の方が第一関節だけを曲げる力が機能しているのではないか、それがユースクライマーがオープンハンドに強い理由でもあるのではという話もあった。
たしかに子供の頃第一関節だけ曲げることって今よりできたかもしれない。
そしておそらく訓練すれば僕らも深指屈筋の機能は発達させられるし、断面積が大きい分より強い力を出せる可能性はある。

・関節はある程度曲がっている方が力が出る
これもいただいたコメントで気付かされたのだが、関節は可動域の端っこよりも中間あたりで基本的に最も力が出る。
肘と脇を曲げたロックなどでも伸び切る直前よりも、90度ロックの方が力が出やすいというのは経験から知っている人も多いだろう。
これをオープンハンドとクリンプに当てはめると、オープンハンドは第一関節は曲がっているがその曲がり方は緩いことが多く、さらに第二関節と第三関節は伸びているのでほぼ機能しない。
一方でクリンプは第一関節こそ反っているものの第二関節と第三関節は鋭く曲がっていることが一般的だ。
つまりオープンハンドよりもクリンプの方が一般的に関節がきちんと曲がり関節可動域の中間くらいで筋肉を使うことが多いのでより大きな力を発揮していると捉えることもできるのだ。

・浅指屈筋の方が浅い位置にあるので貢献度が高い
生理学の専門的な話なので詳しくはわからないが、一般的に深部にある筋肉よりも浅部にある筋肉の方が運動への貢献度が高いという話もあるようだ。
例えばこの理学療法士の方の記事などが参考になるだろう。
上の断面積図からもわかるように浅指屈筋は深指屈筋よりも表面に近い浅部にあるので、断面積は小さくとも貢献度が高いと思われる。

 

オープンハンドのその他の利点

その他にもたくさんのオープンハンドの利点をコメント頂いたので紹介する。

・オープンハンドの方がリーチが出る
最も多かった意見が「オープンハンドの方がリーチが出る」というものだ。
これは確かにその通りで、第一関節だけを使い第二関節と第三関節が伸びている方がホールドを取る時の手としても遠くまで届くし、またホールドを引いたりプッシュしたりするときも距離が出せる。
これは元記事では書きそびれたがオープンハンドを選ぶ大きな利点の1つだと思う。
また、ユースクライマーは小さい頃からリーチ差を補うためにオープンハンドを多用してきたためそれが癖になっているという仮説もいただいた。

・オープンハンドの方が脱力/出力できる
上のリーチが出るとも重なるところはあるが、オープンハンドの方が脱力できるため結果としてより出力できるというコメントももらった。
クライミングの動きは基本は脇を締めることで「広背筋」や「大円筋」など背中側の筋肉を主体で使った方がスムーズに脱力と出力がしやすい。
一方でガストンなど特殊なムーブを除いた場合、肩を上げて「僧帽筋」上部主体になってしまうと身体に緊張が走り上手く脱力できず結果として出力に繋がらないことがある。
(このあたりは、理屈は自分の中ではまとまり切っていないのでまた意見をもらえると嬉しいです。別の記事できちんと書いてみたいところ)

そしてクリンプでは人差し指と親指を使うため、手の内側に力が入り肩が上がり易い。結果として僧帽筋の上部が主体となってしまい脱力からの出力に繋がりづらい。
一方でオープンハンドはクリンプと比較して脇を締めて引くことが可能であり、結果としてきちんとした脱力から大きな出力に繋がり易い、とも考えられるのだ。

<広背筋 Altasより>


<大円筋 Altasより>

 
<僧帽筋 Atlasより>

 

その他参考になったコメント

その他参考になったコメントも書いておく。

・ 深指屈筋は中指から小指の分離運動が乏しい

これも新たな視点だったのですが、深指屈筋は人差し指は分離的な運動が可能だけれど、中指から小指は分離して運動させることが難しいというもの。
確かに中指から小指を固定して人差し指の第一関節だけを曲げることはできても、例えば小指と薬指を固定して中指の第一関節を曲げようとしても固定している方が動こうとしているのが感じれられると思う。
故にオープンハンドで深指屈筋を使う場合は、分離していないならば例えば小指を引っかけようと引っかけなかろうと力の発揮がそれほど変わらない可能性はある。
実際には指の本数が少なくなり接地面が減る分出力は減るとは思うが、小指が無い方が指の長さが揃いホールドを自然な角度で持つことができるというメリットがあるので、むしろ小指を外した方が利点があるかもしれない。
これがオープンハンドのときに小指を外す人が多い要因ともなっているとも考えられるだろう。

・クリンプをそもそも知らない
ユースクライマーはクリンプを習わない・知らないというコメントもいただいた。
クリンプは関節を深く曲げ、さらに力のモーメントが強いので怪我に繋がることもある持ち方だという意見もある。
そのため、ユースクライマーにクリンプを使わせない指導者もいる。
よってユースクライマーがオープンを多用するのはそもそもその持ち方を知らないからだ、とも考えられる。

 

どの3本指や2本指を使うか

ここまでで予想以上の記事ボリュームになってしまったけれど、触れておきたいので「どの3本指や2本指を使うか」という話をしておく。

表記が煩わしいので使う指の名前を以下に定義する。
・フロント3:人差し指、中指、薬指の3本指
・バック3:中指、薬指、小指の3本指
・フロント2:人差し指、中指の2本指
・ミドル2:中指、薬指の2本指
・バック2:薬指、小指の2本指

3本指を使う場合、多くの人はフロント3を使うだろう。
バック3と比べて小指は無くなるが、人差し指という大きな力を発揮できる指が使えるメリットは大きいし、上で触れたようにオープンハンドならば小指は分離していないのでホールドに引っかけても引っかけなくても筋出力的には変わらないという話もある。
またフロント3の方が指の長さも揃うというのも上に書いた通りだ。
しかし、色々な人のホールディングを見ているとバック3を中心に使っているクライマーも存在するし、ケースによっては僕もバック3を使用する。
それは「小指側が下になり脇を締めるようにホールディングしたい場合」などではないかと思う。
なぜなのかというと、小指が下側にくるホールディングの場合、小指が短くても指の長さが揃い易いから、というのもあるが一番は小指側を使うことで脇が締まって広背筋や大円筋を動員できるからという理由が大きいのではないか。

具体的には、瑞牆のインドラの初手などは右手でサイド引きするので小指が下になり更に脇を締める必要があるのでバック3がやり易いように感じる。
それと超ローカルだけれど、プロセットのポケット気味のカチを右手でもってとても深いフラッギングをする必要があるライノの紺7番もバック3がやりやすい。

<インドラ 右手がバック3>


<ライノ紺7 わかりやすく人差し指と親指を開いているが実際はホールドにはかけずとも握り込むとしっくりくる>


あと、3本指で片手懸垂するとしたらフロント3よりもバック3の方がやり易いという人もいるのではないか。
片手懸垂という広背筋をフルに使う動きはバック3にメリットがある可能性はある。

同じことが2本指でも考えられる。
深指屈筋の特徴を考えれば、中指から小指は分離していないのでフロント2が最も大きな出力を発揮できるはずである。
しかしクライマーはフロント2派とミドル2派にわかれると思うが、ややミドル2派が多いように感じる。
それはなぜかと言えば、1点目は指の長さの問題で一般的にはミドル2の方が指の長さは揃う。
そして2点目は人差し指を外すことで、脇が締まり僧帽筋優位では無く背中側の広背筋や大円筋優位で動けるからということが挙げられるだろう。
保持力に自信があるなら、バック2の方が安定するというクライマーもいるのかもしれない。

ただしこれももちろん使い分けでガストンで2本指で保持する時は僕はフロント2を使っている。
それは人差し指が下にきて指の長さが揃うというものあるのだが、ガストンで僧帽筋上部を使うならば人差し指が入った方が大きな力が出しやすいからだ。


ホールディングに対する考えが書かれた記事

最後に簡単に2つ記事を紹介する。

尾川とも子さんのホールディング考察

ものすごくタイムリーに尾川とも子さんが書かれていた「野口選手の保持力を手に入れたい!を叶えるトレーニング」という記事。
僕の2日前に書かれていたが、僕はこの記事を見ずに元記事を書いたのでテーマの被り方がすごい偶然で驚いてしまった。
無意識下に目に入っていて、サブリミナル効果的に僕が記事を書いたのか?笑
でもBJCでの各選手のホールディングを見て僕も尾川さんも思うところがあったのだと思う。
そして尾川さんの記事の基本的な主張は「小指を外したオープン3本指よりも、小指や親指を使った方が安定する。また水かきまでホールドに付けて動員するように持つ方法が良い」とうもの。
僕の元記事と逆の視点で面白い。

 

吉田和正さんの虫様筋考察

故・吉田和正さんの虫様筋を中心とした考察、またそれを鍛えるトレーニングがためになる。
吉田さんは「クライミングで最も重要なのは人差し指の虫様筋だ」(この発言のソースを忘れたのですが、どこでしたっけ?)という信念があるように、虫様筋を使って第三関節を曲げ、それにより第二関節を深く曲げることによって強い力を発揮できると考えていた。
例えば虫様筋 3(手のひら薄いひと2)という記事では、以下の様なコメントをしている。

手のひらの薄いひとがタンデュのとき、3本の指先だけをホールドにかけてホールディングしていることが多い。この時は第一関節を曲げる筋肉しか使われていない。このホールディングでは外傾ものでもフリクションがよければとまるが、ツルツルだとお手上げになってしまう。さらにこの筋肉はそれほど強くないので、こういうホールディングで登ろうとすると常に体重を軽くしておかなければならなくなる。より強力な第二関節を曲げる筋肉の力も使いたい(写真)ところだが、この巻きこみを出来なくしているのが、虫様筋の弱さだと思われる。

なので僕の元記事とも少し異なる主張だが、基本的にはクリンプ主体で行く方が強力だという考えだったのだろう。
色々な考え方があって面白い。

それと個人的に読み直して発見があったのは虫様筋 3(クラック)の記事。

フィンガージャムで大事なのは、虫様筋を使わずに 指の第一関節と第二関節を曲げる筋肉を使って効かせてやることだと思われる。
(虫様筋を使うと)第三関節が曲がり、第一第二関節は伸びている。手首はやや背屈。これまで書いてきたように、この状態では第一関節から先には力がこめられず、反対の手で、指先に力を加えてやるとグニャリと動いてしまう。かつ手首がかなりロックされ可動域が減ってしまっている。この形でジャムすると動くと簡単にズレてしまう。

これまで自己流に近い形でフィンガージャムのやり方を模索してきたが、逆手のフィンガージャムの場合は小指抜いてフロント3でオープンハンド気味にジャムをした方が安定する気がしていた。
これは指の長さを揃えるためというのもあるが、小指を入れて虫様筋を使ってしまうと第一関節の力が逃げてロックの決まりが悪くなるということだったのだ。
また1つ勉強になった。

<3本指逆手フィンガージャム>

 

と、非常に長くなりましたが補足記事でした。
まだまだ追加で書けるのだろうけれど切りが無いのでこのテーマはひとまず一旦ここまでとします。(たぶん)
ではまた明日!

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