蟹交線 1

蟹交線 1

蟹交線

「非平行な2直線はただ1点のみで交わる」
ユークリッド幾何学・第五公理-平行線公理

昔々、地球でないどこかの、蟹が横にしか歩けなかった時代の話。

突き抜けるような晴天の下、二匹の蟹が話をしている。

「おーいカニ夫ー昨日言ってたキングクラブゾンの新譜持ってきたぞー。」
「サンキュー、カニ平!あのさ、スポット行くのメンドイからそっから投げてくんねぇ?」
「バカ!お前が取り損ねて割れたらどうすんだよ!3000チョキもしたんだぞ!」
「わかった、わかった。じゃあスポット行くか。」

二匹の蟹はお互いの軌跡が交わる”スポット”と呼ばれる場所まで歩いていく。

蟹交線 図1

「はぁーそれにしても今日あちーなー。」

カニ夫は流れる汗を拭いながらそう言った。
ギラギラ照りつける太陽、上空にはそんなことおかまいなしに悠々と鳥たちが飛んでいる。

「だな。つーかさ、鳥の奴らあんなにお日様の近く飛んで暑くねえのかな。」
「鳥インフルエンザで頭イカれてんじゃねえの?」
「はははっ、よかったー俺カニで。」
「・・・でもさ、あいつらいいよな、自由に動けて。左右前後に加えて上下にも動けるじゃん。
いちいちスポットまでいかなくったって最短経路でお互い会えるんだもんな。」
「たしかに。でもさ、会いたくもないやつがいきなり近づいてきたらウザくね?
それに自由に動けたら彼女とのスポットでの二人きりの時間を邪魔されたりするかもしれねえじゃん。」
「ちえっ、カニ平はカニ美ちゃんとのスポットあるからいいよな!俺だって、カニ子ちゃんとのスポットさえあれば最高の人生だよ・・・。」
「それはしかたねーだろ。カニ子ちゃんだって好きでブロック持って生まれたわけじゃないんだしさ。」
「・・・わかってるよ!」
「カニ夫ーもっとポジティブになろうぜ。
ほら、例えばさカニインフルエンザとか流行ってもさ、俺ら極力お互い接触しないで済むからラッキーじゃん!パンデミックとか無縁じゃん!うわ、よかったー俺カニで。」
「・・・節足動物はインフルエンザ罹んねーよ。」

そんな会話をしてるうちに二人はスポットに到着。
カニ夫は少し浮かない顔のままだ。

「おい、元気だせよー。
あ、俺今からカニ美とデートだったわ。んじゃ行くね。それ返してくれんのいつでもいいからー。」

そう言ってCDを渡しカニ平は颯爽とカニ美とのスポットへ歩いていった。

残されたカニ夫。
先程の会話を思い出していた。
カニ子はカニ夫の恋人である。
そのカニ子は自身の軌跡の上に巨大な岩があり、それ以上先へ進むことができない”ブロック”という障害を持つ。

蟹交線 図2

そのためカニ夫とカニ子のスポットは存在しないのだ。
なぜ自分は蟹なのか。なぜ自分は好きな相手に触れることができないのか。
もう何度考えたかわからない。
答えなど出ないのに。

(ちっ、無駄な考えはやめよう。スポットなしでもいいさ。そうだ、幸せな会話が毎日できるだけでいいさ。)

プルルッ、プルルッ、そんなことを考えていたらちょうどカニ夫の携帯電話がメールを受信した。

「やぁ、何してるのかな?今晩さ、いつものところへ来て欲しいの。 カニ子」