甲斐駒ケ岳 「スーパー赤蜘蛛」にチャレンジしてきた

甲斐駒ケ岳 「スーパー赤蜘蛛」にチャレンジしてきた

2018年10月2日~4日で甲斐駒ケ岳の「スーパー赤蜘蛛」に妻のむっちゃんとチャレンジしてきました。

残念ながらチームでのオンサイト(というか核心はRPできず)は逃しましたが、噂に違わぬとても素晴らしいルートでした。

来年以降の自分たちのための備忘録として、そしてスーパー赤蜘蛛にトライしてみようと考えている方のために、ブログに残しておきます。

 

 

 


スーパー赤蜘蛛とは

スーパー赤蜘蛛は甲斐駒ケ岳のAフランケ(フランケとは急な山腹の意味)にあるルートです。

 

登攀の歴史

その登攀の歴史はこんな感じ。

・1971年に人工登攀

・1981年に池田功さんによって「スーパークラック」パートがフリー化

・1991年に鈴木昇己さん・篠原達郎さんによって全ピッチがフリー化(プリプロテクション)

・1998年に山下勝弘さん・柴利光さんによってワンプッシュでレッドポイント

・2003年に平山ユージさんによってレッジトゥレッジでレッドポイント(オンサイト)

・2010年に俵彰宏さんによってオールナチュラルプロテクションでレッドポイント

・2016年に佐藤祐介さんによってフリーソロ

甲斐駒ケ岳の8合目から更に下ったところというフリークライマーとしてはアプローチが困難な箇所にありながら、後述するスーパークラックなどが非常に魅力的であるため比較的多くのクライマーがチャレンジをしています。

そして実際に触ってみましたが、佐藤さんによるフリーソロは本当に考えられない記録ですね。

 

グレードやピッチ

グレードやピッチ数はトポやどう登るかで変わってくるのですが、最も細かく切ると10ピッチになり今回僕たちもこのようにピッチを切ってトライしました。

最近のトポでは3,4ピッチ目を繋いで表記しているものもあり、それも十分可能だと思います。

平山さんのようにレッジトゥレッジ(手が離せるテラス的なところでピッチを切る自然なやり方)で登ると本来の「2,3,4ピッチ」と「7,8ピッチ」をそれぞれ繋ぐことができるので全7ピッチとなります。

本来の10ピッチで登った場合はグレードは7ピッチ目のクラックについている5.11cが最高グレードとなり、レッジトゥレッジで登った場合は繋げた7,8ピッチが5.11dとなります。

平山さんはこの7,8ピッチを5.12aでもよいかもしれないとも言っています。

 

登攀のスタイルについて

おそらくスーパー赤蜘蛛にトライするクライマーは「どのように登るか」というスタイルにこだわる人もいると思います。

大きく論点となるのは

・(上述した)ピッチの区切り方

・残置の使用

でしょうか。

まずピッチの区切り方について私の意見を述べると、平山さんのスタイルがかなり自然です。

ただ完全に初見の場合「どこが一体ルートの終わりなのか」「このまま次のピッチへ行ってロープの流れは悪くならないか」「カムは足りるのか」などの不安と常に戦いながら進むこととなりますのでかなり事前に考える必要があると思います。

僕らは時間的制約もあったことからとにかく上にスムーズに抜けるためにピッチを細かく切って着実に進むことを今回は選択しました。

 

そして残置の使用に関してですが、スーパー赤蜘蛛は元々人工登攀されていたこともありクラックの横にハーケンやリングボルトが多数打たれています。

これは気になる人は結構気になるはず。

平山さんもこの残置を使わずにオールナチュプロで試みますが、壁が濡れていたことなどもあり本来の1,5,9ピッチでは残置を使ったと書いています。

しかし

コンディションがよければ、オールナチュラルプロテクションは100%できると感じました。それは間違いない

と述べてもいます。

そしてその後2010年に俵さんによってオールナチュプロでRP。

ただ実際にやってみるとわかるのですが、まずのっけの1P目から残置を使用しないというのは相当に精神的にハードです。

僕らは今回は初見ということもありほぼなんの迷いも無く残置ボルトを使用しました。

もちろん残置はかなり古そうなので信頼性は疑わしいですが。

それに佐藤さんがフリーソロで登っているためそれ以上のより良いスタイルは不可能なので、もはや残置の使用可否みたいなところのスタイルにこだわってもあまり意味がないようにも感じますね。

 

 

 

アプローチなど

8合目まで

まず甲斐駒ケ岳の8合目まで行く必要があるのですが、そこまでのアプローチは大きく2通りです。

・竹宇か横手から黒戸尾根を登る:標高差約2,000m、コースタイム7時間半

・北沢峠から甲斐駒ケ岳頂上を経る:標高差最大約900m、コースタイム4時間50分

僕らは登山にそこまで慣れていないので北沢峠から入ったのですが、やはり正式な入口は黒戸尾根と考える人も多く(このあたり僕も詳しくないですが)個人のスタイルによると思います。

それとこのコースタイムは「休憩なし」&「普通の荷物」&「ある程度登山慣れしている人」で想定されているので、大量の食糧やギアを背負った登山に慣れていないフリークライマーは相当余裕を持つ必要があります。

僕らは山歩きがめちゃくちゃ遅いのですが参考までに書いておくと、北沢峠から8合目までで8時間以上かかりました。笑

北沢峠から入る場合はマイカー規制があり仙流荘などからバスを使う必要があるので、バスの時間も調べておいた方が良いですね。

 

8合目から取り付き

8合目からスーパー赤蜘蛛への取り付きまでは迷わなければ1時間から1時間半で着きます。

が、例のごとくこの手のアプローチは初見では迷わないことがないです。

記事の最後の参考資料にもトポを載せておくので行く方はよく読みこんだ方が良いですね。

基本的には

・ピンク、白、オレンジ、などのテープ跡をたどる

・フィックスロープをたどる

の2つをきちんと守ることが大事でこれが途切れたら間違っていることを疑った方が良いです。

多くのトポに8合目の「岩小屋」から下っていくと書いてあるのですが、この「岩小屋」が複数あります。

ここで僕らは間違った岩小屋から下ろうとしてしまい、まずここで時間をロスしました。

実際に下り始める「岩小屋」の下にはピンクテープがきちんとあるのでこれを発見するべきです。

 

そして次に僕らが迷ってしまったのは、これも同じ「岩小屋」と呼ばれるのでややこしいのですが「Aフランケ頭の岩小屋」まで降りてしまったことです。(白いテープがこちらの道にもあるのでややこしい)

これは実はスーパー赤蜘蛛の最終ピッチの終了点とも言える箇所であり、ここまで下ってしまうとアプローチの道では無くスーパー赤蜘蛛自体に降りてしまいます。

途中からロープを出しながら懸垂下降していったら明らかにクライミングルートみたいになったのでそこで気づいて「Aフランケ頭の岩小屋」の上まで戻り、そこから正規のアプローチルートへ戻りました。

 

取り付きが近づくと大きく開けた草原のようになるので、ここからまたフィックスロープで降りて、カンテを回りこむとスーパー赤蜘蛛の取り付きです。

僕らは朝5:30に出て、結局登攀開始は9:20、、、。笑

4時間近くも彷徨いましたがなんとか到着。

 

 

 

各ピッチの概要・感想

トライの記録と感想を書きます。

各ピッチのグレードは一番新しいトポである『日本マルチピッチ』を参考に記載しました。

 

1P目:担当みきや(以下、み)、5.11b

普段は濡れていることが多いようだが、この日は台風後ではあるものの2日ほど晴れが続いたため表面は乾いている。

出だしの2ピン目あたりまでのクリップが緊張感があるのと、クラックが湿っていたこともあってクラックに入ったところの数手がいやらしい。

慎重にオンサイト。

体感としてはタイプは違うもののベルジュエール1P目(5.11b)とほぼ同じグレードに感じた。

むっちゃんも自身にとってはフラッシュが難しいグレードだったと思うが、フォローながらノーフォール。

今回の登攀の言い出しっぺとしての気合を感じた。

 

2P目:担当むっちゃん(以下、む)、5.8

<2P目取り付き>

 

<2P目上から>

 

とても素晴らしいピッチ。

春うららの上部のような感じで延々と続くレイバック気味のクラック。

5.7と表記されることもあるけれど、5.8で良いと思う。

途中ピッチを切るところで迷うが、クラックが途切れ始めたところで切った。

 

3P目:み、5.10b

左にボルトが見え始めるのでどう進むかがまず迷う。

ある程度草の詰まったクラックを上がってから左上のガバを目指した。

最後の右への立ち込みが核心でここも悪い。

5.10cでも不思議ではないかも。

しかしシルバーフリーウェイの1P目(5.10b)よりは簡単か。

むっちゃんはここもノーフォール。

 

4P目:む、5.10a

ここもトポをちゃんと読み込んでいれば迷わなかったのだが、左のコーナースラブと直上気味の右の凹角で2通り行ける。

右の方は実は人工ルートでフリーなら5.11aだったらしい。

僕が惑わせてしまったこともあって、むっちゃんは

左にトライ→降りる→右にトライ→降りる→左にトライ

ってな感じになったが、結局フォールはせずに左をオンサイト。

ちなみに左を行く場合はスーパー赤蜘蛛全体を通して一番ランナウトしなくてはならないので精神的にキツイ。

 

5P目:み、5.7

リングボルト沿いにハングを超えるところが核心。

ここはホールドがわかれば易しいけれど5.7ってことはないと思う。

ムーブ的には5.9とか下手したら5.10aでも良いかもしれない。

 

ここで大テラス。

9:20登攀開始して14:00着。

1Pを平均1時間以下でこれているので僕らとしてはまずまずのペースだが、アプローチに迷いすぎたため時間がない。

ここからが核心だが、時間的にギリギリなのでこの時点で上部は落ちてもやり直しはせずに無事に抜けることを優先すると判断。

<大テラス>

 

6P目:む、5.7

取り付きが迷うけれどこんな感じのコーナーを行く。

特に問題のないピッチ。

 

7P目:み、5.11c

 

いよいよ核心のピッチであるクラック。

このクラックと次のスーパークラックを繋いで登ることも可能。

時間があれば二人ともリードトライしたかったけれど相当ギリギリだったのでむっちゃんが譲ってくれた。

まず出だしはそれほど問題のないハンド~ワイドな感じ。

体感としては「クレイジージャム」(5.10d)の中間部までのイメージ。

そこからフェイス登りになるところがまず最初の核心。

それまでクラックだったのに急にホールドが細かくなり焦るが、落ち着けば4,5級のボルダー。

その後左のフィンガークラックに移り一連のムーブをこなすところが第2核心。

かなり行ったり戻ったりしたが意を決してフィンガージャムの連発。

途中指から血が出たり、足が切れてキャンパシングのようになったが、痛みに耐えて7P目終了点前の最後のボルト(ハーケン?)にクリップする。

ここで少しハンドジャムが効き多少休める。

終了点のスリングには1歩踏み込めば手が届く距離。

しかし出血と慣れないアプローチもあってか足にもダメージが相当きている。

このピッチの前の時点では「7,8ピッチを繋いでやる!」と思っていたが、ここにきて「7ピッチ目の終了点で一旦区切って休みたい」という弱い心が出てしまった。

そして左手のフィンガーを出してほぼ最後の1手を出そうというときに、、、左手が甘くなりフォール。

7,8ピッチ目を繋ぐどころか、7ピッチ目すらオンサイトを逃した。

ここはクラックにこだわらずに右の剥がれそうなフレークを使ってしまえば良かったのかもしれない。

ここで残念ながらスーパー赤蜘蛛チームオンサイトの夢は潰えた。

 

8P目:む、5.11a

所謂スーパークラックパート。

本当に日本離れした素晴らしいスケール。

平山さんも、7,8P目は繋げればヨセミテの「クリムゾンクリンジ」のようだと絶賛。

既にあたりは暗くなり、むっちゃんはヘッデン装着して臨んだ。

出だしがかなりいやらしく5.11aもそこに付けられていると思うが、そこを越えればスーパークラックの上部自体はシンハンド~ハンド~ワイドハンドの練習のために創られたかのような非常に素直な左上クラック。

これが小川山や瑞牆にあったら超人気ルートだろう。

むっちゃんはこのパートをオンサイト!

嬉しかったが、なおさら7P目で落ちてしまった責任を感じた。笑

 

9P目:み、5.10c/d

もう19時を過ぎていて、あたりは真っ暗。

ルートがよくわからないがリングボルトに導かれ岩頭に立つと左にコーナークラック、右にスラブ。

どちらかわからなかったが、とりあえずコーナークラックを登る。

2段ほど上がると、もっと上まで続いていて終わりが見えない。

ふとカンテ越しに右を見ると、なんと朝アプローチで迷って出てしまったテラスが見える。

やはり朝迷い込んだところはスーパー赤蜘蛛の9ピッチ目の終了点だったのだと確信し、そして今自分が違うルートを登っていることも同時にわかった。

今更戻るのも難しいので頑張ってトラバースして終了点へ。

次に来たときにこのピッチもやり直そう。

 

10P目:む、3rd

真っ暗だったので一応ロープを出して。

と言っても朝に一回登りかえしているので2回目。

「Aフランケ頭の岩小屋」まで辿り着いて、ここで21時。

ほぼ丸々半日かかった。

 

そこから歩いて稜線まで出て22時過ぎ。

反省点は多いけれど、本当に楽しかった。

 

 

 

総括

まずチームとしての反省はこんなところでしょうか。

・アプローチで迷わないためにもっと準備をする、細かいことに気を使う

-トポや資料の読み込み

-目印のテープを絶えず追う

-前日に少しでもアプローチ確認

・もうちょっとだけ登攀スピードを上げる

・軽量化をもっと突き詰める

-アプローチシューズ

-防寒着のシェア

-食料で「カロリー/質量」の高いものを選択

 

自分の反省点は

・時間が無くてもアプローチ等で焦らないで着実に正規ルートを探す

・フィンガージャムの強化

・絶対に登るんだという意志力

よく考えてみると、まともなフィンガージャムは初めてやったかもしれない。

これまでフェース登りでごまかしてきたのはフィンガーサイズだった。

特に悪い足でのフィンガージャムが弱い。

また、途中で「7,8ピッチ繋げなくてもいいかな、、、」という弱い気持ちがフォールに繋がったことも事実だと思う。

絶対に登り切るという気合いがその瞬間に途切れてしまった。

 

そしてこのクラックパートはやはり繋げてこそ意味があると強く感じた。

というのも7ピッチ目の終了点があまりに不自然で全く安定して立つことができない。

来年また戻ってきて、少なくともこのクラックパートだけでも繋げてレッドポイントしたい。

 

 

 

参考資料

参考資料を載せておきます。

 

『山と高原地図 北岳・甲斐駒 (山と高原地図 42)』:8合目までの登山図

 

『日本マルチピッチ』:スーパー赤蜘蛛や他の甲斐駒ケ岳のルートも載っている

 

『日本の岩場 上』:フリー以外の他の甲斐駒ケ岳のルートも載っている

 

『Rock & Snow 052』:日本のマルチピッチ10選に紹介されています

 

『Rock & Snow 021』:平山ユージさんのレッジトゥレッジオンサイト

 

『岩と雪 149』:スーパー赤蜘蛛フリー化の記事

 

CLIMBING-net「佐藤裕介、“スーパー赤蜘蛛 5.11d~5.12a” フリーソロ」:考えられないとてつもない記録

 

『岩と雪 119』:甲斐駒ケ岳「ホットライン」が載っている