ボルダリングのグレードの決定方法~後編:難易度の構成要素~
前回のボルダリングのグレードの決定方法~前編:グレードの定義、前提となる考え~の続きです。
後編となる今回は、「難易度は何によって決まっているのか。その構成要素は何か」を考えてみたいと思います。
難易度の構成要素
ボルダリングの課題が難しくて登れない時、様々な要因があると思います。
「距離が遠くて届かない」
「ホールドが細かくて持てない」
「怖い」etc…
こういった様々な要素が絡んで課題の難易度は決定されているわけですが、要素を網羅的に考える上で最近面白いなと思ったフレームワークがあります。
それは、あのトンデ・カティヨ氏が提唱しているらしい「RIC」というもので、課題の難易度は次の3つを総合的に勘案して決まるという考えです
RIC
R:Risk 危険性
I:Intensity 強度
C:Complexity 複雑さ
僕もトンデ本人から詳しく聞いたわけでは無いのですが、この切り分け方は結構しっくりきますよね。
ただちょっとあまりにざっくりしているのでもう少しそれぞれを細かく分けてみたいと思います。
僕なりに考えたのが以下です
・リスク
-身体的なリスク
-アテンプトがかかるリスク
・強度
-最大出力としての強度
-持久力としての強度
・複雑性
-ムーブの読みの複雑性
-身体の動かし方としての複雑性
少し補足しますね。
・身体的なリスク
-万が一失敗したら痛い思いや最悪怪我や死亡に繋がるのではないかというリスク
-岩の場合、ノーマットか否か等でこのリスク値が大きく変わる課題もある
・アテンプトがかかるリスク
-本来的には出来るムーブだが、1度目で成功させることが難しく、アテンプトがかかってしまうリスク
-例えばスタティックにムーブが起こせなくてどうしても次のホールドをキャッチしそこなうようなデッドムーブを起こす必要がある場合など
・最大出力としての強度
-単に非常に大きな力が必要なムーブがあるということ
-もちろん細かく種類分けされて、
>ガバでの距離出しのような二頭筋や広背筋の出力が高い場合
>細かいカチのような指や前腕の出力が高い場合など、色々ある
・持久力としての強度
-1手1手の強度というよりは課題を通して見た時に筋持久力が求められるということ
・ムーブの読みの複雑性
-わかれば出来るが、正しいムーブを想像することが難しいということ
-Web動画やSNSの発達で、情報収集によってこの複雑性を事前に回避できる課題も増えたはず
・身体の動かし方としての複雑性
-複雑でテクニカルな身体の動かし方を要するということ
-例えば、上半身と下半身の連動が必要なコーディネーション系課題など、わかっていても複雑な動きに身体が対応できない場合など
こんな感じでしょうか。
実は良く考えると、どちらに入れるか悩ましい場合もあるのですが。
例えば「すごく狭いムーブ」とかは、最大出力としての強度が高いと見るか、身体の動かし方の複雑性が高いと見るか、とか。
「難しいヒール」なども、最大出力としての強度が高いと見るか、身体の動かし方の複雑性が高いと見るか、とか。
とまぁ、このあたりはもっと上手い分け方があるかもしれませんが、一応この6つで課題の難易度を説明できる気が今のところはしています。
※以下、追記※
グレードは従来は単に「強度」の高低のみを表すフィジカルの指標であるため、危険度も加味しているイギリスのEグレードを除けば、通常リスクや複雑性は含まないという指摘も受けました。
リードクライミングなどでは強度のみの難易度を表すデシマルグレードに加えて、危険度を表す「形容詞グレード」としてPD,R,Xなどを別途付随することもあります。
一方で、グレードが広く世の中に広まったきっかけである『小川山 御岳 三峰 ボルダー図集』(通称、黒本)には「課題の危険度もグレードに反映されている」と記されています。
『Rock&Snow No.20号』の『ボルダリングのグレードについて - 「鏡の国」の完成に寄せて」でも室井登喜男さんは
「グレードは純粋にムーブの困難度のみをその対象と考えるべき」と前置きはしているものの、
「『純粋なムーブの困難度』は理論上のものでしかなく、現実にはクライミングの困難は複数の要素によって構成される」
と言っています。
このあたりが非常に悩ましかったのですが、昨今の状況としては岩場の課題でも、ジムの課題でも現実的には強度以外の要素が加味されていることが多いと判断し、このような形にまとめました。
※追記終わり※
構成要素ごとの評価方法
難易度の構成要素が洗い出されたので、グレードを推し量る際は、課題ごとに上の6つの構成要素を考えてそれぞれを評価してあげれば良いはずです。
それぞれの要素が、グレードの基準となる課題と比べて上回っているのか下回っているのかを考えれば自ずと適切なグレードが見えてくるのではないかと。
ただ、このやり方で生じる問題点は、依然として以下などが残るのですがね。
・結局のところそれぞれの評価が人によって感じ方が違う
-ある課題を最大出力が非常に高いと感じる人もいれば、低いと感じる人もいる
-複雑で読みが必要なムーブが簡単に思いつく人もいれば、全く思いつかない人もいる、等
・グレードの基準となる課題を選ぶ際に、偏った課題を選んでしまうと他の課題と比べることが困難
-例えば3級の基準を考えるときに、穴社員(小川山)はとてもバランスが取れた課題なので6つの構成要素のどれを取っても3級らしい
-がしかし、ランジ1発の課題などを基準にしてしまうと、持久力などを比べることが難しい
・6つの構成要素の間での評価の重み付けをどうするかが悩ましい
-基準となる課題と比べて、身体的リスクがめちゃくちゃ高い課題と、持久力がめちゃくちゃ必要な課題、があった際にどちらがより難しいとされるのか
-6つの構成要素が同程度に難しさに起因しているという保証がない
3級の岩課題で例示
で、ここからはかなりお遊び要素が入るのですが、いくつか各エリアの代表的な3級課題を例にとって各構成要素の程度を考えてみました。
小川山の穴社員を3級の基準として、他の3級課題のそれぞれの構成要素が穴社員よりも上か下かをめちゃくちゃ主観で得点付けしてみました。
1が程度が非常に低い、5が程度が非常に高い、という意味です。
(注:チキンちゃんだけ登っていないので想像です)
少し説明を加えると、
・ヴィクター岩のランジ3級はランジ1発なので、外すという意味でアテンプトのリスクはそこそこ高く、最大出力もマックス。ただし、持久力やムーブの読みは要らない
・デールクラックはクラックで、ムーブの読みの複雑性が高い課題
・チキンちゃんは知る人ぞ知るランジを外すと斜面に転がり落ちる課題。身体的なリスクマックス、かつランジなのでアテンプトがかかるリスクもおそらく高い(この課題でアテンプトかかったら死にかねないが。笑)
・Dラインはバシバシ系。最大出力の強度が高いのと、デッドなのでアテンプトがかかるリスクもある
・エルは10手以上の持久系課題。しかし全体を考慮すると3級としては易しめか
上の問題点で挙げたように、それぞれの構成要素が難易度に寄与する重みが等しい保証が全くないので、平均点数を取るのは実はナンセンスなのですが、まぁお遊び程度に。
終わりに
こんな感じでしょうか。
つまりは、構成要素は何となくわかったけど、それをどうグレード付けにきちんと結びつけるかというのは非常にやっかいなのですね。
ただし、グレードを付けるときにこういう要素をきちんと全部考慮しましょうね、という指標にはなんとなくなる気がします。
まだまだ整理し切れていないですが、グレードを付けるということに対しての現時点でのあくまで僕が個人的に思うところでしょうかね。
でも、やっぱり数値にしてしまうと課題の「格」とか「雰囲気」が削ぎ落とされちゃいますなぁ。
まぁでもあくまでこの記事では「グレードとは難易度である」という前提での話なので良いか。
ではでは。
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