【ヤンヤ・ガンブレット】 クライミング界に舞い降りた大天使

【ヤンヤ・ガンブレット】 クライミング界に舞い降りた大天使

前回のアダムオンドラのYouTube動画はたくさんの方に観てもらえたようで嬉しいです。
ということで今回は引き続き女子の有名クライマーを解説します。
女子選手も歴史に残る選手がたくさんいるので誰を初めに紹介するか迷うところです。
・ボルダリングW杯通算22勝のアンナ シュテール
・2007年からW杯に出続け、ボルダリング年間優勝4度を誇る野口啓代
・世界選手権のリードを4度制し、岩でも女性初の5.15bを登るアンジェラ アイター
・リードW杯通算29勝の韓国のキム ジャイン
などなど。
しかし今回は錚々たるレジェンドの前に、まずヤンヤ・ガンブレット(Janja Garnbret)を取り上げます。
若くキャリアは浅いながら、他を寄せ付けない圧倒的な強さを誇っている彼女。
“ヤバぎる!”
“異次元の動き!”
“天使!いや悪魔的強さ!”

などと評されるヤンヤですが、どれほどものすごいことを成し遂げているのか調べて解説してみます。
東京2020オリンピックにも出場予定であり注目の的となることが予想されるので、みんなでヤンヤのすごさを今一度おさらいしましょう!

引き続きYouTubeでも話し動画を撮ったのでそちらも観てもらえると嬉しいです!

<ヤンヤガンブレットについて熱く語ってみた>

 
 


まとめ

まずまとめ。
ヤンヤはW杯出場は2015年からでありリードとボルダリングともに単に勝っているだけでなく、
・連続決勝進出、表彰台や優勝の率、連続課題完登などが記録的快挙
ということが挙げられます。
非常に密度濃く勝ちまくっていますし、とにかく「落ちない」だから「負けない」のです!

その成績を支えるのは、
・全ての基礎能力が高い上に、抜群のコーディネーション能力と背面でホールドを止め切る通称”大天使ムーブ”など彼女特有の強みがある
ことだと考えられます。
つまり「スキ」がなく「ブキ」があるということです!

 
 

プロフィール

ヤンヤ・ガンブレット(Janja Garnbret)は1999年3月12日生まれ
2021年現在22歳とまだまだ若いクライマーです。
同世代は海外有名クライマーとなると僕はそこまで思いつかなかったのですが、アメリカの
ドリュー ルアナ(Drew Ruana):Box Therapy、Sleep Walker、Creature from the Black Lagoonの3本のV16を完登
だ同世代。
日本勢だと、
・原田海
・楢﨑明智
・本間大晴

あたりが1999年組となります。

出身地はスロベニアの北部の人口2万人弱の都市であるスロヴェニ・グラデツ。
スロベニアは国全体の人口は200万人程度と小国ながら自転車やスキーなど非常にスポーツが盛んな国であり、クライミングもかなりの強豪国です!
(参考:
スロベニアが自転車レースの世界の頂点に立つ理由
スロベニア話題集~小さな国の大いなる魅力と日本との秘められた関係~


ヤンヤ以前にも、
マヤ ヴィドマー (Maja Vidmar):2007年リードW杯年間優勝
ミナ マルコヴィッチ (Mina Markovič):20011,12,15年リードW杯年間優勝
など活躍した選手がいますし、ヤンヤの後続にも、
・ミア クランプル
・ルチカ ラコベッツ
など有望な女性選手が控える非常に層の厚い国です。

男子でも、
イェルネイ クルーダー (Jernej Kruder):2018年ボルダリングW杯年間優勝
ドメン スコフィッチ (Domen Škofic):2016年リードW杯年間優勝
など偉大な選手を輩出しています。

 
 

リード:驚異の26回連続ファイナル進出

まずはヤンヤの凄まじさを世に知らしめたリードの実績から解説します。
ヤンヤは2015年にリードW杯にデビューし、その後2016~18年まで年間優勝を3連覇したことはクライミング観戦が好きな方ならご存じかと思います。
しかし僕がそれ以上にヤンヤが打ち立てた(おそらく)アンタッチャブルな記録として、
・デビューした2015年シャモニから2019年シャモニで9位になるまで26回連続決勝進出
が挙げられます。
更に驚異的なのは、
・その内25回(96%)で表彰台
・その内15回優勝(58%)
という決勝での安定感です。

これがどのくらいすごいかと言うと、リードワールドカップで優勝29度を誇るキム・ジャイン(Kim Jain)ですら、2012年~14年で
・19回連続ファイナル
・その内16回表彰台(84%)
・その内10回優勝(53%)
にとどまるのです。
ジャインですら十分過ぎる成績ですが。

もっと遡れば連続決勝記録を持つ選手はいるかもしれませんが、競技人口は年々増えレベルも急速に上がっているこの近年においてヤンヤの密度の濃い記録は歴史に残るものだと思います。

<ヤンヤのリードW杯の成績まとめ>

 
 

ボルダリング:決勝課題を27本連続落ちないを維持中

デビュー以来リードを本職としてきたヤンヤですが、直近1,2年で急速にボルダリングの力を付け他の選手の追随を許さない域に達しています。
最も有名なボルダリングでの記録としては、史上初の
2019年シーズンのボルダリングW杯での6戦全勝での完全な年間優勝
でしょう。
また2018年の最終戦のミュンヘンも優勝し、2021年の初戦のマイリンゲン戦も優勝しているのでシーズンを跨げば8連勝中となります。
(ヤンヤの出場大会に限れば、2018年の2戦目であるモスクワ戦でも優勝しているので9連勝!)

ただそれ以上に特筆すべきは、ヤンヤはとにかく完登してくるのです!
以前ブログ(ボルダリングWCの難易度は変わったか)でも触れましたが、ヤンヤは全勝優勝した2019年のボルダリングW杯の決勝課題24本(4課題×6大会)
の内、初戦の第一課題が登れなかった後は23本全て登っています
先日行われた2021年の初戦マイリンゲンでも決勝の4課題を全て登っていたので、決勝での連続完登記録27本を継続中ということになります。
もちろん上記のブログで分析したように、ボルダリングの課題は年々選手に登らせる傾向が強くはなっていますが、ここまで完登されてしまうと本当に付け入る隙がない!

<ヤンヤのボルダリングW杯の決勝課題完登状況>

 
 

世界選手権:コンバインドでの2連覇

もはやここまでの記録で十分にヤンヤのリードとボルダリングの両方の強さが説明できたのですが、世界選手権の成績も載せておきます。
ヤンヤは、
・2016年:リード優勝
・2018年:ボルダリング優勝、コンバインド優勝
・2019年:リード優勝、ボルダリング優勝、コンバインド優勝
と直近で行われた世界選手権で3部門で優勝を達成。
スピード種目に関しては2019年時点でそれほど力を入れているようには見えませんでしたが、9秒台を出し決して遅いわけでは無かったですし、動きのタイプからもむしろ練習すれば得意になるであろう予感はします。

とにかく現時点でスポーツクライミングのフォーマットにもっとも適応できている選手であり死角なし!
(少し詳細に突っ込むと、2019年世界選手権のコンバインド決勝のボルダリング種目においては野口選手がヤンヤを凌いで1位を取っています。
またリードも直近ではソ・チェヒョンなどのニュージェネレーションに負けることもあります。
なので完全無欠ではきっとない、、、はず!)

 
 

ヤンヤはなぜここまで強いのか?

ではなぜヤンヤはここまで強いのでしょうか。
簡単にですが言及しておきます。

 

スキがない:バランス&テクニックの弱点を克服し、決勝での安定感が増した

以前『CLIMBERS #006』において、2017年シーズンのボルダリングW杯を対象に「データで読み解く最強ボルダラー」という企画をやらせていただきました。
その際に課題を、
1. 保持
2. パワー
3. バランス&テクニック
4. コーディネーション&ランジ
に分類し、それに
5. 少ないアテンプトで登る力
を加味した5つの指標で年間ランキングの上位者の能力値を比較しました。
(かなり簡易的な評価方法なので異論はあるでしょうが、あくまで目安として考えてもらいたいです)

その際に浮き彫りになったのは、ヤンヤは年間ランキング1位のショウナ、3位の野口選手、4位の野中選手と比べて保持力やランジ&コーディネーションの能力では勝りますが、バランス&テクニック系の課題を完登できないことが多かったということです。

<2017ボルダリングW杯上位者の能力比較>

また2017年はヤンヤとショウナで完登率と一撃率を比較すると以下のようになっていました。
・予選完登率:ヤンヤ97% ショウナ89%
・準決勝完登率:ヤンヤ88% ショウナ71%
・決勝完登率:ヤンヤ70% ショウナ79%
・一撃率:ヤンヤ53% ショウナ60%
つまりヤンヤは準決勝までは完登率でショウナを上回っているにも関わらず、決勝では安定感を欠き、またアテンプトも嵩んでいたのです。

ただ最近のヤンヤは上述したようにどんなタイプの課題でも本当に落ちないです。
2021年のマイリンゲン戦でも予選から決勝まで全ての課題を2アテンプト以内に抑えて全完登しています。
つまり最近のヤンヤは2017年あたりと比べて苦手課題がなく本当に隙がないのです。

とは言え、先ほど述べた2019年のマイリンゲン戦の初戦の課題もスラブですし、2019年の世界選手権のコンバインド決勝でのボルダリング1課題目も狭いところに足を上げる課題で野口選手、森選手、ショウナ選手がこなしたムーブができずに完登を逃したこともありました。
傾斜壁で背中で耐えて力を逃がすような背面を使った動きにはめっぽう強いですが、身体の前面を使うような狭いところへの足上げやボテで耐えるような動きにはまだヤンヤ攻略の余地が残っているのかもしれません

<2019年マイリンゲン戦の決勝第1課題 スラブ>

<2019年八王子世界選手権コンバインド決勝のボルダー第1課題>

 

ブキがある:断トツのコーディネーション能力、そして「大天使ムーブ」

ヤンヤがランジやコーディネーションに強いことは有名です。
しかしヤンヤが最も優れているのは上でも書きましたが、ホールドをコンタクトした後に普通の選手なら振られて落ちてしまうようなところで、背中を反らせて力をいなし背面の力で耐えきってしまうところにあると思います。
この背中の躍動がランジやコーディネーションの強さにも繋がります。
そしてこの背面へのいなしが極限に達するといわゆる「大天使ムーブ」になるのです。

<大天使ムーブ>

<2017年ボルダリングW杯最終のミュンヘン戦第2課題>

 

以上になります!
YouTubeの方では簡易的に解説しているので、ブログではもっともっとマニアックに突っ込んでいきたいですね。
時間がある時に今回調べ切れなかったデータも調査したいです。
ではでは。