クライミングコンペのスタッツを考える

クライミングコンペのスタッツを考える

今アメリカに留学しているが、連日サッカーW杯で盛り上がり休日はメジャーリーグとUFC(総合格闘技団体)を観に行くなどスポーツ観戦に漬かった日々を送っている。

そこで感じたことは、「成熟したスポーツではデータの整備・活用も成熟している」ということだ。
例えばサッカーなら、「ポゼッション(ボール支配率)」などのわかりやすい指標のみならず、「xG(ゴール期待値:シュートが放たれる前の状況から計算したシュート成功期待値)」や「xGOT(枠内シュートのゴール期待値:シュートが放たれた後の状況から計算したシュートの成功期待値)」など、素人にはすぐには理解が難しい指標まで放送の途中で画面に映る。

野球でもスタジアムのスクリーンには打率や防御率などのなじみ深い指標だけでなく、「OPS(On-Base Plus Slugging=出塁率OBP+長打率SLG)」や「WHIP(Walks plus Hits per Inning Pitched:1投球回あたりに許した四球+被安打)」など、一見理解が難しいが、打者や投手の能力をより正しく測る指標が常に表示されている。

総合格闘技でもただ勝った負けたではなく、「有効打の数」「テイクダウンの成功率や防御率」「コントロール時間」など選手の強さやパフォーマンスを数値化し判定などにも活用する動きが高まっている。

上述したような、スポーツにおける結果やパフォーマンスを測る指標を、Statistics(統計)を略した形でスタッツ(Stats)と呼ぶ。
今回の記事ではまずはボルダーでスポーツクライミングのコンペにおけるスタッツを設計するとしたらどうなるかを考える。

 

スタッツの条件

まずスポーツ全般において何がスタッツになり得るのか、その条件を考える。

 

1. より上位のスタッツに結びつく

スポーツにおける最上位のスタッツはほぼ確実に「勝利(数)」「順位」である。
であるならば、全てのスタッツは勝利や順位という究極の結果指標に結びつく必要があるというのが1つ目の条件だろう。
サッカーを例に出すと、「勝利」は「得点」と「失点」で決まる。この2つは勝利に直結するため文句なくスタッツである。
得点は「シュート数」×「シュートの質」(×「運」や「相手の守備力」)に分解でき、シュートの質は前述したxGやxGOTなどの、シュート時のポジションから計算される期待値と枠内シュートの軌道により計算される期待値に分解できる。
僕は完全にサッカーにわかファンなので以降の詳しい分解は明示できないが、シュート数やシュートの質も「攻撃機会数の指標(ポゼッションなど)」「前進指標(縦パス成功率など)」「シュート機会創出指標(クロスの数×質など)」などに分けることができるだろう。
これらは内容としては結果指標というよりはプロセス指標に近いが究極的には勝利に結びつくものであり、スタッツと呼べる。
そしてスタッツが勝利に結びつく以上、それはチームや選手の能力を評価し得る指標であると言えるだろう。



一方でサッカーにおいて「メンバーの平均握力」などはおそらく勝利には直結しないものであるので、スタッツにはなり得ない。

 

2. 定義が明確で観測・比較が可能

またスタッツはプレイヤーやチーム同士で比較できるものでなければならないし、そのために定義も明確にする必要がある。
例えば野球のバッターにおいて「体幹の強さ」というものはおそらくバッティングに役立つし究極的には勝利をもたらすのだろうが、定義が曖昧でありこのままでは観測と比較ができないのでスタッツとしては不十分だ。
クライミングの場合も「保持力」などは日常的に使う用語でありクライマーの能力を指し示しているものの、スタッツとして扱うには定義を明確にしたり言語化する必要があるだろう。

 

3. 誤ったインセンティブを生まない

あるスタッツがあまりに浸透すると勝利という究極の結果指標よりも単にそのスタッツを改善する行動をとってしまい、手段の目的化が起きかねない。
例えばサッカーの「スプリント(時速24~25km/hを1~2秒以上持続)の回数」は得点や失点に大きく関連するスタッツであり、日本代表の前田大然選手などの驚異的な数字が話題になった。
しかしスプリントがあまりに重要スタッツと見なされ過ぎると、”より自分の評価を上げるために無意味な場面だけどとりあえずスプリントしておくか”というような勝利には結びつかない行動を誘発する可能性がある。
そのためスタッツは間違ったインセンティブを与えないように設計、もしくは修正される必要はあるだろう。例えば有効なスプリントのみをカウントするとかだろうか。
 


ここで挙げた3条件以外にもスタッツ設計に必要な事項はあるとは思うが、今はこれ以上踏み込まないでおく。

 

ボルダースタッツの現状

ではスポーツクライミングのボルダーコンペにおいて現状どのようなスタッツが広まっているだろうか。
数年前からワールドカップでの選手紹介で以下のような画面が表示されるようになった。

<26年度シーズン インスブルック戦の安楽選手のスタッツ>


ここに載っているのは
・Top Rate:完登率
・Semi to Final:準決勝から決勝への進出率
・World Ranking
・メダル数

などである。
World Rankingやメダル数は「勝利数」や「順位」といった結果指標であり、「完登率」や「決勝進出率」もそれに準じるスタッツと呼べるものであるが、選手の能力を評価するにはまだまだ数が少なく不十分であると言わざるを得ない。
もしかすると個人のYouTubeやブログなどでより詳細なボルダースタッツを分析公開している人がいるかもしれないが、現状僕は把握していない。

 

理想的なボルダースタッツ

結果指標に近いスタッツ

ボルダーコンペにおいて「勝利/順位」という究極の結果指標を規定する3要素は、「Top」「Zone」「それらのAtt(アテンプト)」である。
しかしクライミングは課題をセッターが作ることもありコンペ毎に完登の難易度などは異なり、全完登しても最下位なこともあれば、0完登でも優勝できることもある。
とするとスタッツにするべきは単に「Top数」などではなく、「Top率-他選手の平均Top率」など他の選手をどれだけ上回るパフォーマンスを見せたかだろう。名付けるなら「相対Top率(もしくは完登率差分)」などだろうか。
例えばある選手のシーズンを通した相対Top率が25%だとしたら、その選手は他の選手よりも25%だけ完登する率が高いので、ファイナルにおいては1課題分Topを多く取れるということを示す。

 
アテンプトに関しても「相対Att数=自分の平均Att数-他選手の平均Att数」などで定義できるのだが、ボルダーの場合少なくともZoneに到達しないとアテンプト数がリザルトに反映されず0となるので、優秀な選手の方が相対Att数が嵩むという事になりかねない。
なのでここはおそらく「(相対)Flash率」「(相対)nトライ以内Top率」などを採用する方が良いと思われる。
他にも
・最難課題完登率
・最易課題取りこぼし率
・(逆に粘り強さを表すスタッツとして)nトライ以上でのTop率
などなどいくつか考えられはするが、これらが真に勝利や順位に結びつくスタッツなのかどうかは分析して相関などを取る必要があると思う。

 

プロセス指標寄りのスタッツ

上述したスタッツは結果指標に近いものであったが、それらに結びつくプロセス指標寄りのスタッツも考える。
まず競技中で完登に結びつく能力要素を以下のように分類した。
1. 選択・修正力:正しいムーブを選択する力、登りからフィードバックを得て修正する力
2. 登攀力:選択したムーブを実行する力
3. 時間管理力:時間をマネジメントする力
4. ミス管理力:不必要なミスをしない力

以下それぞれにおいてスタッツを自分なりに考えてみる。

 

1. 選択・修正力

クライミングにおいて”正しい”ムーブという言葉の捉え方は難しいが、「セッターが想定したムーブ」もしくは「多くの完登者が採用したムーブ」のどちらかで定義することはできるはずだ。
とすると、オブザベーションの正確さという意味では「1トライ目で正しいムーブを選択した率」「正しいムーブにたどり着くまでのアテンプト数」はスタッツになり得るはずだ。
ただし全体的にムーブは正しかったが1手だけ間違っていたというようなケースをどう処理するかは考えないといけない。
それと結局のところ登れればそれは正しい選択だったとも言わざるを得ないので「独自ムーブによる完登率」のようなスタッツも採用できるかもしれない。

またムーブを修正改善していく能力は結果に結びつくだろう。
と考えると「高度上昇率(前トライよりも手数を伸ばした率)」は良いスタッツになりそうだ。

 

2. 登攀力

これは文字通りそのまま登る力であり、おそらく中心的なスタッツになるだろう。
TopやZoneには現れないが明らかに他の選手よりもパフォームしたことを示すスタッツとして「相対平均手数」を考えてもいいかもしれない。
他にも同じ箇所で落ちていてもその落ち方が惜しいか惜しくないかにも選手の能力は現れる気がするので、落下時に「次のホールドに届く率」「ムーブを起こした率」「スリップ率」などもスタッツ候補になり得る。
あとは本当にスタッツになるかはわからないが「左右出しでのムーブ成功率差」みたいなものも結果に結びついている可能性はある。
計測が難しいが「ムーブの動き出しの速度」「ランジの飛距離」とかまで分析出来たらスタッツとして機能するかもしれないし、選手の特徴が出て面白い。

 

3. 時間管理力

登り以外の要素もボルダーコンペにおいては大切だ。
1つは時間の使い方。
例えば「1トライ目までの時間の短さ」はスタッツにはなり得ると思う。予選とそれ以降で意味合いは異なるが、オブザベーションの早さを表す指標ではあり、これが短ければアテンプトも多く出せる。ただし、集中して1回で決め切るタイプのクライマーもいるかもしれないので精査は必要。
また「平均トライ間隔(レスト時間)」と結果との相関を調べることでもし最適なトライ間隔が割り出せたら、「最適トライ間隔とのズレ」みたいなものも時間マネジメントのスタッツに使えそうだ。
それと無駄なトライを減らすマネジメントは重要なので、例えば「時間切れトライの少なさ」みたいなものもスタッツになるだろう。

4. ミス管理力

不必要なミスをしない力も大切だと考えられる。
例えば「スタート4点支持の失念率」「ゴールマッチ失念率」「その他違反率」みたいな登りの本質とは関係のないミスの少なさも、より良い結果に繋がるスタッツになるはずだ。

 

課題/壁/ホールドタイプ別のスタッツ

ボルダーの難しいところは課題のタイプによって、おそらく「平均的なアテンプト数」や「取るべきレスト時間」などに大きな差が出るところだ。
例えば、強傾斜でパワーを試されるような課題は平均アテンプト数は少なくまとまり、逆に取るべきレスト時間は長くなるだろう。一方でコーディネーション系の課題であれば完登までに要するアテンプト数がどうしても嵩むと考えられる。
公式見解ではなくセッター向けの文章の中にはボルダーの課題タイプは
・Physical
・Coordination
・Electric
・Technical

などバランスよく出題するようにと書かれているのを見るし、近年は映像の中でも課題のタイプへの言及がしばしばある。

<インスブルックでの男子決勝課題>



なので、これらの課題タイプ、壁の傾斜、ホールドタイプなどの軸で切った上で前述したスタッツを見るとより正しい選手の能力が測れるだろう。

 

終わりに、現実的な計測の方法

結果指標のいくつかは今取得できるリザルト情報から割り出せるものがあるので、今度時間があるときに主要選手で分析してみようと思う(たぶん)。
一方でプロセス指標は映像を細かく見ないと計算できないものばかりであり、またYouTube上だとそもそも全選手の映像が残っていない。
もし映像が残っているなら、クライミングの場合ホールド位置が決まっているのでAIなどを駆使すればここで書いたようなスタッツの多くは取得できる気がする。

誰か一緒にやりましょう。
ではでは。