永遠に登る
6月1,2日(木、金)に岡山の稲垣さん・柳瀬さんに誘われ、むっちゃんも加えて小川山でクラックとマルチピッチをほぼ初めて体験してきた。
何から何まで手取り足取り教えてもらってお世話になりっぱなしだったので、一緒に行ったと言うよりはほぼガイドしてもらったという形に近かっただろう。
・ド敗退した「カサブランカ 5.10a」(5.10bというトポもある)
それにしてもまさかクラックほぼ初日とは言え10aや10bがRPできないどころか、どれだけテンションを繰り返してもトップアウトできないとは、若干ショックを受けた。
マルチピッチで登ったのは「セレクション」という6~7ピッチのルートで、最終部だけ5.9のクラックのバリエーションセクションを登ったのだけど、そこでもマジで落ちそうになって命からがら登り切った。
しかしこの2日間でわかったことは、僕はまだまだ登らなければならないしそれはきっと永遠に続くだろう、ということだ。
とにかくクライミングはキリが無い。
あらゆる種類のクライミングがこの世には溢れていて、到底それらを全部やってやろうなどということは誰にとっても不可能なのだけれど、少なくとも毎日延々とクライミングをしなければならないことは確かなことなのだ。
しかもインドアのボルダーだってまだまだ強くなりたい。
このブログmickipediaが多少なりとも知られるようになったり、雑誌に記事を書いたり、コンペの実況解説をしたり、なんだか色々と手を出しているけれど、僕はとにかくもっともっと自分のクライミングをしなければいけない。
自分のクライミングに手を抜いて良いようなステージなんかじゃまるでない。
というかそんなステージは訪れるのだろうか。
この世界は登ってなんぼだ。
稲垣さんなんて岩の開拓を含めてこれまでクライミング界に多大な貢献をしてきてもう50歳近くにもなるけれど、今でも多忙な中バリバリとクライミングをしている。
柳瀬さんだってクライミングジムを経営する立場になってからも、壮大な自分のクライミングの野望を心にもって、クラックという新しい分野に挑戦している。
この2人、本当に純真な子どもみたいに登ることを楽しんでいた。
クライミングに関わっている以上、とにかく登り続けることが大切だし、そいういう人はいつまでもギラついて輝きを持っている。
平山ユージさんもあんな大怪我をしたのに乗り越えてまだ自分のクライミングを追求しているし、内藤さんだってPumpというメガジムを経営しながら登りまくって瑞牆のトポを作り上げたし、小山田さんなんて皆知っての通り昔から変わらずに登りまくって限界をプッシュし続けているし、この間セットで入らせてもらったライムストーンの菊地さんも40後半であのNINJAを登ったし、伊東ヒデさんも教える側に回ったって同時に自分のクライミングをしに海外に行ったりしているし、他にもKo-wallの奥村さんとかピラニアの山森さんとか、ぱっと思いつくだけでもとにかくもうみんないつまでも自分のクライミングを追いかけて、それを諦めた人なんて全然いない。
クライミングに上がりなんてない。
とにかく登って、なんでもやって、途方もない目標を心に描きつつ、でも目の前の岩や壁を一つずつ登る。
それが100歳まで続いて、そして死ぬ。
きっと、それだけだろう。
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