科学するクライミング1~サイファーの方が遠くへ飛べる理由~

科学するクライミング1~サイファーの方が遠くへ飛べる理由~

新シリーズ、「科学するクライミング」。
そんな大それた内容ではないですがクライミングをほんの少し科学的な観点から考えてみたいと思います。
おかしなところはドンドン突っ込んでくれるとありがたいです。
第一回のテーマは「サイファー」。

 

サイファーとは

まずサイファーを知らない人のために説明しておくと、
サイファーとは「フラッギングからのランジまたはデッド」のことだと僕は理解しています。
つまり同じ側の手足(例えば、右手と右足)だけがホールドを捉えている状態からダイナミックに次のホールドを取りに行くムーブのことです。

ちなみに、イギリスのSlipstonesというエリアにあるBen Moon初登のサイファー(Cypher)という課題で、彼がこのムーブをしたことが語源となっています。
Cypher自体は「暗号」などの意味があるそうです。

 

サイファーの方が遠くへ飛べる??

サイファーをしたことがある人ならばわかると思うのですが、このムーブは慣れるまで結構やりづらいです。
なぜかと言えばクライミングは基本的にはダイアゴナル(対角の手足だけがホールドを捉えている状態)の方がフラッギングよりもバランスを取り易いため、次のムーブも起こし易いからだと思います。
例外的に、フットホールドが飛び出す方向とかなり反対側に位置する時や深くに位置するときなどは、サイファーの方が距離を出せたりすることがある、とは以前から僕は直感的には感じていました。
(このあたり、「めざせ低脂肪」さんの「サイファーの研究」という記事が結構面白いので是非読んでみてください)

しかし、最近サイファーの練習を結構やっていたら「フットホールドが例外的な場所に無かったとしても、体が動きを覚えさえすれば、そもそもサイファーの方が遠くへ飛べるのではないか」と思いはじめました。
これは是非皆さんサイファーの練習をして体感して欲しいのですが、ハンドホールドの真下付近にフットホールドがあったとしても、ダイアゴナルからの飛び出しよりサイファーの方が飛びやすかったり距離が出せたりすることがかなり多いです。
事実、ランジの達人沼尻たっくんの動きを観ているとサイファーを多用してとんでもない距離を出しています。

さて、これがなぜなのかをちょっと科学的に考えたいと思います。

 

科学的理由

遠くへ飛べるということは基本的には初速が大きいということです。(もちろん手を残していた場合最後の一押しなどはあるとは思いますが)
つまり、ダイアゴナルからの飛び出しとサイファーではどちらが大きな初速を生み出せるのかを考えたいと思います。

まずダイアゴナルとフラッギングでは体の状態がどのように違うか以下の図を見てください。
注:以下の植田画伯の図は3回も書き直した結果であります
ダイアゴナルとフラッギング

・重心と壁との距離
フラッギングではホールドを捉えていない方の足は壁から遠い位置にあり、体を開くことができます。故にバランスが取りづらく、体が不安定になることもしばしばあります。
ダイアゴナルではホールドを捉えていない方の足も壁に近い位置にあり、左右のバランスも取り易いです。特に初心者はダイアゴナルの方が圧倒的にバランスが取り易いはずです。

壁と重心の距離を考えると、フラッギングの方が下半身から体が離れ体を開くことが出来る分、フラッギングでの壁と重心の距離Rfは大きいです。
ダイアゴナルでは対角の四肢が壁に固定され下半身が壁に近いところにある分重心も壁よりに移動するため、ダイアゴナルでの壁と重心の距離Rdは小さくなると思います。

つまり
Rf>Rd
となることが多いのではないでしょうか。

・飛び出しの初速
では重心と壁の距離は飛び出しの初速にどのような影響をあたえるのでしょうか。
まず皆さんの体験と照らし合わせて欲しいのですが、野球のバットやゴルフのクラブを振る場合、長いものと短いものではどちらがヘッドスピードが上がるでしょうか?
おそらく、自分の力でうまくコントロールできる程度の長さの範囲ならば長い方がヘッドスピードが上がると思います。
あまりにも長すぎる場合はそもそも振ることがままならないのでこの限りでは無いですが。
これをクライミングにも当てはめて考えてみると、クライミングで距離を出すということは、自身の重心を遠くへ飛ばすということです。
つまり基本的には、
壁と重心の距離が離れていれば離れているほど、初速を上げることができ、遠くへ飛べる
ということです。
つまり、Rf>Rdであるので、
より壁と重心の距離が大きいサイファーの方が、ダイアゴナルからの飛び出しよりも初速が上がり、遠くへ飛べる
と考えられます。

もう少し突っ込んで考えます。
超簡易的にクライミングの飛び出しが円運動だとモデル化して考えてみましょう。
円運動の半径R、角速度の大きさ(角度が回転する速度)ω、速さVだとすると、
V=Rω
という式が成り立ちます。
ここで角速度の大きさωはサイファーでもダイアゴナルからの飛び出しでも同じだと仮定すると(この仮定に関しては後で考えます)、サイファーでの速さVfとダイアゴナルからの飛び出しでの速さVdはそれぞれ
Vf=Rfω
Vd=Rdω
そしてRf>Rdであるので、Vf>Vd
つまりサイファーでの速さの方が大きくなると考えられます。

・角速度の大きさは本当に同じなのか
そしてこの議論がめちゃくちゃ怪しいのは(笑)、角速度の大きさωがダイアゴナルからの飛び出しのときとサイファーの時で本当に同じなのかということだと思います。
人間の体に全然詳しくないのですが、自分のフルパワーが出せる体勢であればどちらであっても同じくらいの回転の力は生み出せる気がします。
ただし、サイファーに慣れていなかったり、ホールディングがすごく悪かったり、足位置が極端に不自然だったりする場合はその限りではない気もします。
他には、ホールドを捉えていない方の足が壁をうまくスメアリングできる場合などはより大きな回転の力を生み出せると思います。

 

終わりに

数式を使ったモデル化は結構怪しいところもありますが、自分的にはすっきりしました。
まぁたぶんサイファーをよく使っている人は今回の記事は直感的にわかっていることなので当たり前と感じたかもしれませんね。

それにしても普通の「ダイアゴナルからの飛び出し」には名前はないのでしょうか。