蟹交線 3

蟹交線 3

蟹交線

その夜、カニ夫もカニ子も同じことを思い出していた。
もう何年も前の、二人が出会ったばかりの頃の出来事。
その日は大晦日であった。
街中の蟹の話題は翌日の初日の出をどこで誰と見るかであった。

「えーカニ代は初日の出カニ丸君とのスポットで見るんだー。それ激アツじゃん!」
「でしょ!そのまま私の初日の出もカニ丸君にあげちゃおうかなー!」
「キャー!このエロ蟹ー!!」

こんな調子で世の中全ての蟹が浮かれっぱなしであったが、カニ子は一年で元旦が最も憂鬱な日であった。
というのも元旦にカニ子の軌跡はちょうど太陽の通り道と重なってしまうのだ。
そして岩は軌跡の東端にある。
つまり岩が邪魔で初日の出を地平線から拝むことはできないのだ。
カニ子はあの忌々しい岩の上から太陽が出てくるのを待たなければならない。

蟹交線 図4

(またこの日がきちゃった。)

カニ子がそう一人で思いふけっているところにカニ夫がやってきた。

「やぁカニ子ちゃん。」
「あ、こんにちはカニ夫君。」
「あれ?どうしたの暗い顔してさ。」
「うーん、ちょっとね。」
「ちょっと、どうしたの?」
「うんとさ、まぁ毎年のことなんだけどさ、みんなは初日の出見られるのにどうして私だけ見られないのかなって・・・悩んでもどうしようもないことなんだけどさ。」
「あ、この岩のせいか。太陽と岩が丁度重なっちゃうってわけか・・・。」
「そうなの。でも別に生まれてからずっとそうだから全然気にしてないわ。夏とかはしっかり日の出見えるしねっ。」
「これ・・・壊せないの?」
「え!?壊す!?無理だよー!なんかね、よく分かってないんだけど、この世界で一番硬い成分でできてるみたい。それにねこの岩を傷つけようとすると祟りにあうっておばぁちゃんが言ってたわ。」
「うーん。ハサミで岩殴ってやりたいけどちょっと届かないわ。あ、ちょっと待ってて、俺ホームからバット持って来る。」
「えっ、いいよ!無理だから・・・。」
「いいからいいからっ。」

そう言ってカニ夫は一目散に家に戻るとバットを取り、また岩の前に来た。

「やめなよカニ夫君。思いっきりバットで岩叩いたりしたらハサミ痛めちゃうし、それに祟りにあうかもよ。」
「祟りなんて恐くないさ。」

そう言ってカニ夫はバット大きくを振りかぶり渾身の力を込めて岩を叩いた。
ガチン!という大きな音が響く。
しかし岩は全く欠けない。
ただバットが少しへこんだだけだった。

「そら!もういっちょ!これでもかっ!!」

何度も何度も岩を叩くカニ夫。
しかし岩はびくともしない。

「いいって無理だから・・・。」

ガチン!ガチン!ガチン!
叩くたびにバットはへこんでゆき、20回程叩くととうとう使い物にならなくなった。

もちろんカニ夫もこんなことをしても岩を壊せるとは思っていない。
でも初日の出が一人だけ見られないなんてあんまりだと思ったし、そんなカニ子のためになにかをしないではいられなかった。

「はぁ、はぁ・・・だめだー。岩超硬い・・・。」
「ありがとう、カニ夫君。」
「いやでもなんにも変わんなかったよー。役にたたねー俺。」
「ううんそんなことないよ。ここまでしてくれたのはカニ夫君が初めてだったから私・・・嬉しくて・・・。」

目にうっすら涙を浮かべてカニ子が言った。

「泣かないでよカニ子ちゃん。でもさ、チョキはグーに勝てないみたいだ。」
「そうみたいだね、せめてパーが出せればね・・・。」
「はははっ、面白いこと言うねカニ子ちゃん。・・・ん、そうか、パーか!カニ子ちゃん!パーだよ!」
「どうしたのカニ夫君?」
「パーを出せばいいんだ!明日の朝、初日の出の時間ここで必ず待っててね!パーを出してやるよ俺!!」