ムーブの本質を求めて

ムーブの本質を求めて

スポーツでも仕事でも何に対してでも言える話だと思うが、その個別のシーンでしか使うことのできない枝葉末節なテクニックを覚えることそれ自体にはそれほど意味は無い。
例えばある会社で「作成する資料のフォントは必ず○○で、フォントサイズはxx pt以上にすること」というルールがあったとして、それを何も考えずにそのまま覚えても汎用性は0である。もちろん最低限、覚えて守らないとダメだが。
そうではなくて、
「フォントやサイズは読みやすさに影響を及ぼす重要な要素」
「見た目が統一されているかどうかは会社のイメージや信頼に関わる」
「デザインは中身と同じくらい大切」
などのより本質的な心得を習得したいものである。

本題に入って、クライミングで考えてみる。
まず僕は所謂「コーディネーション系」「運動神経系」と呼ばれるムーブが苦手だ。
(連続して動作を繰り出すようなムーブのことで、ダブルダイノから止まらずに更に1手出すランジ、横に飛んで先に足を置きに行くような動き、ハリボテの上を走り抜けてホールドに飛びつく、等々)
もう少し詳しく言うと、何度もやっていればその課題のそのコーディネーションの動きはできるのだけれど、また新しい少し別タイプのコーディネーション系課題に当たると、また素人の動きに逆戻りしてしまう。
結局のところ、僕はコーディネーション系ムーブの本質的なコツを頭でも身体でもまだわかっていないのだ。
一方で、僕より経験が浅いクライマーでもこのような動きをさらっとこなす人はいっぱいいる。
そしてこれを生まれながらの運動神経の差と言う問題で片づけてしまうのはただの思考停止だ。
もちろん、こういった動きの経験がトッププレイヤーと比べて単に少ないということが一番の原因で、考えなくても量が解決してくれる可能性はある。

単純なランジも少し前まですごく苦手だったが、今はそこまで苦手意識を感じるものではなくなった。全く得意ではないけど。
なぜかというとシンプルなランジの場合は、ムーブの本質的なコツが感覚的にも理論的にもすこーしだけわかってきたからだ。
・下にしっかり沈み込んで身体をバネのようにして反動で飛び出す
・上に振る時は1回しか振らない
・また、そこまで距離を出さないランジなら逆に上への振りを無くした方が狙いやすい
・手を最後までグイッと押し切る
・乗り込み側の足は最後までしっかり踏んで伸びあがる
・(場合にも依るが)壁に張り付くように飛ぶ
等々。

日々の練習の中でこういったムーブの本質的なコツを身に着けようと意識するかどうかが積み重なって大きな差になる気がしている。
レッドポイントグレードは高いけれどいつまで経ってもオンサイトグレードが低く新しい課題に順応するのにすごく時間がかかる人と、最高グレード近くをオンサイトできたりすぐに動きのコツを掴める人との違いはここにあると思う。
きっとその人の中にあるムーブの本質的なコツの数が違う
ここで言うムーブの本質的なコツというのは必ずしも言葉表現できるものである必要は無くて、その人なりの感覚とかイメージももちろん含まれる。
長嶋茂雄が擬音語や擬態語をよく使うように、「こういう時はバッと出た方が良い」とか「足にググっと乗っていくと上手くいく」とかそういうきちんと論理的な言葉にできないコツもとっても大切だ。
もちろんそんなことすら考えずにひたすら課題をやっていれば、ムーブがどんどん無意識にできてしまうネイティブクライマーもたくさんいるとは思うけれど、少なくとも僕はそうではない。

勘違いして欲しくないのは課題特有のホールディングとかムーブを覚えることそれ自体はその課題を登るにあたってとっても大事なことではある。
「忍者返しの飛ばしの時に左足のスメアの粒はこれが良い」とか「エイハブ船長ではマントルの前に右ひざをまず上げる」とか。
登りたい課題を何としてでも登ることはクライミングの大きな楽しみの一つなので、その時々でベストを尽くして課題固有のコツをたくさん集めて登りたい。それがクライミングだ。
でももっと遠くまで行きたいと高い目標地点を見据えているなら、その課題固有のコツを集めることから一歩抜け出したいという意識を常に持ちたい。
より、本質的で、汎用的で、普遍的で、包括的で、大局的なムーブの心得を身に着けるという気概で常にいたいものである。