クライミングにおける3本指と4本指でのホールディングを科学する

クライミングにおける3本指と4本指でのホールディングを科学する

せっかく毎日更新でハードルが下がっているので自分の中で多少理論が曖昧でもクライミングに関することを投稿してみる。
毎日ブログの4日目は「3本指と4本指でのホールディング」を科学してみる。
この記事に書いている内容で補足意見や、医学、生理学、物理学、クライミング学的な側面から怪しい所などがあれば突っ込んでもらえると嬉しい。

3本指でのホールディングとは

通常クライミングを始めたばかりの頃は「とにかく使えるだけ指を使え」と教わることが多いように思う。
実際に人差し指から薬指の3本で保持するよりは、小指も入れて4本で持った方がしっかりと持てるし、更に親指も加えた方が安定感が増す。
もちろんホールドの形状によっては2本や3本しか指が収まらない場合も多いが、基本的に使えるだけ使うというのが鉄則だと考える人も多いだろう。

しかしコンペなどで特に若いころからクライミングを始めているユース世代のクライマーを見ると、僕らが4本指を使うようなホールドに対して3本指のホールディングを多用する。
例えば先日のBJC準決勝での菊地選手はこのようにハリボテですら3本指で止めている。
このケースはもしかするとたまたま3本しかかからなかったのかもしれないが、それでもユースクライマーの3本指での保持力は非常に高く、明らかに意図的に3本を使っている場面も多い

<少し画像が荒いが、右手は3本指>

 

3本指と4本指の本質的な違い

まず3本指と4本指という区分は生理学的にはおそらくあまり意味をなさない。
それよりはオープンハンドかクリンプかという分け方の方がより実態を表す。
例外はもちろんあるが、一般的には3本指でのホールディングはオープンハンドになりやすく、4本指でのホールディングはクリンプもしくはハーフクリンプになりやすい。

オープンハンド

オープンハンドはタンデューなどとも呼ばれ第一関節が反らず、第二・第三関節が伸びた状態でのホールディングを指す。
(第一関節、第二関節、第三関節は、DIP、PIP、MPと呼ぶのが正しいが、わかりやすさのため指の先端から第一、二、三とする)
3本指以下で持った場合、その多くはオープンハンドになるであろう。
4本指であってもオープンハンドで保持することは可能だが、通常小指は短いため揃えて持とうとすると第二関節が曲がり綺麗なオープンハンドになりづらい。
<オープンハンド スポーツクライミング教本より>

クリンプ

クリンプはアーケやカチ持ちとも呼ばれ第一関節が反り、第二関節が曲がった状態でのホールディングを指す。第三関節も曲がることが多い。
3本指でクリンプをすることも可能だが、自然にホールディングするなら4本の方がクリンプは圧倒的にやりやすい。
そして親指を人差し指の横に添えたり人差し指の上から蓋をするように被せたりすることが可能であるため、5本の中で最も力持ちな親指の助けを借りられるという点も特徴である。
勘違いしている方が多いので言及するが、クリンプ=親指を添えたり被せたりするホールディング、ではない。
あくまで本質は第一関節が反って第二関節が曲がり多くの場合第三関節も曲げた状態でのホールディングというところにある。
<クリンプ スポーツクライミング教本より>


オープンハンドとクリンプの中間のようなハーフクリンプ/セミアーケというホールディングもあり、両者の特徴を混ぜたようなものだが、この記事では簡単のため深くは扱わない。
 

オープンハンドとクリンプの特徴

再三断っているように、3本指=オープンハンド、4本指=クリンプ、というわけではない。
3本指でクリンプをすることも可能だし、4本指でオープンハンドで持つことも可能だ。
ただわざわざ3本指を選ぶ場面ではオープンハンドで持ちにいくことが多いだろうし、4本指なら小指を揃えるためにクリンプ気味になりやすい。
ということで、以下オープンハンドとクリンプの特徴を比べることで、冒頭の「なぜあえて3本指でのホールディングを選んでいるのか」という疑問を考察したいと思う。
比較する項目は以下の4つである。

・使用可能な指の本数
・使用する筋肉
・モーメントの大きさ
・コンタクトのし易さ

 

使用可能な指の本数

まずは使用可能な指の本数だがこれまでに述べたように、
・オープンハンドがやり易いのは3本指以下、最大でも親指を除いた4本までである。
・対してクリンプは4本指が最も自然にやり易く、親指を添えたり被せたりすれば5本全てが使用可能である。
とするならば単純に考えるとクリンプの方が動員できる指の本数が多い分強い力が出せるはずである。
 

使用する筋肉

オープンハンドで主に使用する筋肉は第一関節から前腕にまで伸びている深指屈筋である。
深指屈筋は後述する浅指屈筋と比べて一般的には弱い。
故に単に指の本数の少なさ以上に経験の浅いクライマーはオープンハンドをきつく感じるだろう。
3本指を伸ばして「引っかける」という力の入れ方がなかなかできないのだ。
<深指屈筋 Altasより>


一方でクリンプで使用する筋肉は第二関節から前腕にまで伸びている浅指屈筋である。
浅指屈筋は前腕の中では比較的大きい筋肉であり、経験の浅いクライマーがクリンプを初めて使った時などにその力の込めやすさに感動することもあると思う。
また第三関節を曲げることで手のひらの中にある虫様筋の力も借りることができるため、より力は強大になる。
<浅指屈筋 Atlasより>

<虫様筋 Atlasより>


これらをまとめると、使用する筋肉と言う観点からも強い力を出せるのはオープンハンドよりもクリンプに軍配が上がりそうだ。  
 

モーメントの大きさ

ここまでをまとめると、使用可能な指の本数でも使用する筋肉でもクリンプの方が良さそうである。
ではなぜ3本指にしてまでクライマーはオープンハンドを選ぶのか。
その答えは『スポーツクライミング教本』などにもあるのだが、オープンハンドの方が手にかかる力のモーメントが小さいからである。
力のモーメントとは超ざっくり言うとモノを回転させる力であり、「力の大きさ」×「支点と力点の距離」で定義される。
例えば同じ体重60kgの人でも、その重心が壁から10cmの場合と20cmの場合では受けるモーメントは2倍違い、身体が壁から離れている時の方が大きな力を使って安定させないといけない。
これがクライミングで壁に近づくと楽という現象の正体だ。
『スポーツクライミング教本』ではこれがホールディングをしている手でも同じことが言えると主張している。
オープンハンドだと第二関節と第三関節はほぼ伸びた状態になる。
すると手が壁に近づき、ホールドを真下に近い形で引くことができる
故に受ける力のモーメントは小さい。
一方でクリンプだと第二関節と第三関節が曲がり手が厚みを持って壁から出るような形になる。
つまり壁から少し離れたところで実質的にホールディングしている形になるのだ。
よってオープンハンドよりも受ける力のモーメントが大きく、これを『スポーツクライミング教本』では概算で1.7倍程度になると見積もっている。

<オープンハンドとクリンプのモーメントの違い>

確かに実感としてもオープンハンドの方が身体が吐き出されずに安定して保持できている感覚はある。
クリンプは強く握れるものの、動き出したりすると身体が弾き出されそうになることもある。
その原因は壁の支点と手の力点の距離の差から来る力のモーメントの違いだったのかもしれない。
 

コンタクトのし易さ

もう一点オープンハンドの利点を挙げるなら、ホールドを取った瞬間つまりコンタクト時にオープンハンドになり易いということではないだろうか。
クリンプはどちらかというと点で持つイメージに近く、かつ指の関節にたわみが作れないのでコンタクトした瞬間に指をクリンプの形状にすることは難しい。
それと比べオープンハンドは面で持つイメージに近く、指の関節が伸びている分クッション的な作用が働きコンタクトするホールディングとして向いている。
なのでクリンプ主体でホールディングしていく場合は、まずホールドにコンタクトした瞬間はオープンハンドとなり、ここからクリンプに一旦握り直すという動作が生じることが多い。
オープンハンド主体ならばコンタクトした時と全く同じホールディングのまま登っていくことも可能である。
このコンタクトのし易さという点もオープンハンドが有利な点であるし、オープンハンドを鍛える必要性の1つにもなっているだろう。
 

まとめ

以上をまとめると、
使える指の本数や筋肉だけを考えるとクリンプが強大な力を生むが、力のモーメントやコンタクトのし易さではオープンハンドの方が有利。
となる。
そして重要なのは指の強さや筋肉はトレーニングによって鍛えることは可能だが、手の構造が決まっている以上は力のモーメントはホールディングそれ自体によって規定されるという点ではないだろうか。
つまりオープンハンドの方がクライミングを始めたばかりの時はクリンプと比べて筋力が弱くても、使い続ける内に深指屈筋が発達する。その筋力自体は浅指屈筋ほどの強さまでとはいかなくても力のモーメントの差分(1.7倍程度)を加味すれば、オープンハンドの方が身体を保持しやすいくらいには強くなっていくということが起きているのだと思う。
これが特に若くしてクライミングを始めたユースクライマーが3本指のオープンハンドを多用する1つの理由だと仮説を提示しておく。




参考文献

この記事の内容は『スポーツクライミング教本』と『クライマーズ・ボディ』を大いに参考にさせていただいた。
どちらもクライマーなら必読の書である。

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補足記事

いろんな意見をいただいて補足記事を書きました。