クライミングの恐怖心を分解する

クライミングの恐怖心を分解する

ボルダリングに比べて、特にトラッドクライミングではなかなかオンサイトグレードが上がらずレッドポイントグレードとの乖離に悩んできた。
ハングドッグしてロープにぶら下がることを繰り返しルートの全容が解明されればレッドポイントできるが、ファーストトライでは全く力を出し切れないということが続いた。
しかし最近になってようやくトラッドでもある程度オンサイトトライから勇気を持った一手が出せるようになった実感が多少なりとも掴めている。

これを僕は単純に「トラッドにおける恐怖心を克服しつつある」と捉えていたが、冷静に考えると一体何が改善されたのだろうか
一般的にも例えばハイボルダーで突っ込める人を「あの人はメンタルが強い」などと片づけてしまうが、そのような人たちは何が違うのだろうか

この記事ではクライミングにおける「恐怖心」「メンタルが強い」などの言葉を単に一言で括ってしまうのではなく、それはどのように分解できて自分にとってどの要素がボトルネックとなっているのかを考える枠組みを提案する。

以前書いた「理性的に怖がる」というエントリーとも重なる部分もあるが、ここをもう少し掘り下げた内容である。

<理性的に怖がる>

 
 


トラッドにおける恐怖心の分解

一口に恐怖心と言っても多種多様である。
“なんとなく取り付く前からビビっている”
“登れなかったら自尊心が傷つくのが怖い”
“カムを回収できなかったり不測の事態に陥ったらどうしよう”
などまで含めれば多岐に渡るだろう。

ここではシンプルに考えるため「自分が決めたカムやナッツをプロテクションとして進んでいくのが怖い」という状況を考えてみる。

 

恐怖心を要素に分解する

感覚的にわかりやすくしたため漏れなくダブりなく分解できたわけではないが、例えばその恐怖心は以下のようにわけられる。
(RやXのルートで「次のホールドを取らなかったら死ぬ、もしくは重大な事故になる」という恐怖心もあるが、あまり一般的ではないので極端な例として除いた)

<トラッドの恐怖心の分解>

まず一番に考えられるのか「カムやナッツが抜けるんじゃないか」という恐怖。
特に経験が浅いと
・カムが効いているのか効いていないのか
・どの程度効いていれば抜けないのか
などの判断が難しい。

仮にカムがバチ効きだとしても、それでも「単純にロングフォールが怖い」という人もいるだろう。
スポートクライミングで強固なボルトであるにも関わらず落ちることが全くできない人もここに分類されるだろう。
少し異なるが、フォールしたときに身体が岩に当たるんじゃないかという恐怖心もある。

3つ目は先の2つの要素と繋がるところはあるが、「次のプロテクションがとれなかったらどうしよう」という項目を挙げた。
実際にトラッドクライミングはボルトが打たれているわけではないので常にこの恐怖と闘うことになるし、自分の場合はここがネックとなっていることが多い。

最後にトラッドに限らず岩でのクライミング全般に関わることだが「岩が欠けるかもしれない」という要素も挙げた。
頻発することではないが、誰しもが何回かは経験があることだし実際に起きると致命的になることもあるため見逃せない恐怖心ではある。

 

それぞれの恐怖要素に対する対策

シチュエーションで変わってくるだろうがが、トラッドが怖いと感じている人はおそらく上のいずれかの要素が(もしくは複合的に)原因となっている。
なので漠然と「恐怖心を克服する」と考えるのではなく、どの要素が引っかかっているのかを見極めて、個別に対策・改善していくのが良い。

対策・改善方法をざっと書き出してみると以下の通り。

カムが抜けるのではないかという不安に対しては
・カムを決める精度を向上させる
・勝負所で固め取るなどのリスクヘッジを行う

でだいぶ対策できるはずだ。
実際に自分も最近になってようやくカムが効いているのか効いていないのかを区別できるようになってきたし、バチ効きだと判断したカムでフォールして抜けたことはない。
プロテクション戦略もだいぶメリハリをもって付けられるようになってきて、カムが抜けるかもしれないという不安はかなり拭えてきたように感じる。

プロテクションがバチ効きであったとしても単純にロングフォールが怖いと感じている人は多い。
強固なボルトのスポートルートでさえ全く落ちられないというクライマーもたまに見かける。
そのような人に話を聞くと、”そもそも落ちたことがない”という驚きの回答をされることもある。
なので単に落ちることが怖い人はまず練習として
・インドアなど安全な状況で徐々に墜落距離を上げるようなフォール練習を始める
・プロテクションから離れていないところからでも一手出して落ちることをクセにする

など慣れていくことで恐怖心を克服することが可能だろう。
またスラブなどでロングフォールした際に岩に身体をぶつけるのではないか、という恐怖心もある。
これも安全なフォール体勢をとる技術で克服可能だ。
僕はあまり上手くはないが、落ちることに慣れている人はスラブなどでフォールしたときにタタタタタッと斜面を何歩か駆け降りてから良い体勢を取るような技術を身に着けているように見える。

そして「次のプロテクションを取る自信がない」というのがおそらくずっと僕にとってボトルネックになってきた恐怖要素であるし、最近多少なりとも克服しつつあるものだ。
少し前まではルートの全容を把握しないままトライしてしまうことが多く
・どこでプロテクションを取るのか決めていない
・ゆえに難しい箇所で留まったりして変に力を使ってしまう
・そして本来プロテクションを取るべきところまできても持久力も残っていないしジャミングが下手だから余裕がなくてフォールする
みたいなことを繰り返していたように思える。

しかし最近になって「ルートのメリハリを読む目」のようなものが養われてきて、
・序盤は常にジャムができるからどこでもプロテクションは取れるし少なくても良い
・核心の箇所はあそこで最後のプロテクションを取って次の良い手までランナウトして進んでしまう
・終了点直下は苦しいけれどグラウンドフォールの危険はないし自分のジャム技術なら切り抜けらるから一気にノープロで最後までいく
などと全体の流れを読んでタクティクスを立てられるようになった。

なので「トラッドのメンタルが強くなった」と感じているが実は
・プロテクション戦略まで含めたルート全体のオブザベ力が上がった
・ジャミング技術が向上して余裕が生まれた

というのが正しい解釈であり、勇敢さが単純に向上したということではないのだ。
逆に言うと”メンタルが弱くて、、、”と思っている人は、心の問題ではなくフィジカルや技術が足りないことから恐怖心がきているのではないか、それらの改善から恐怖心を解消できないか、というアプローチが正しいこともあると思う。

岩が欠ける恐怖心に関しても、技術・経験・知識で補えるものは多い。
・ルートがどの程度登りこまれたものか
・岩質はどうか
・現場で岩を触ったり踏んだりした感覚から欠けるリスクはどの程度か
などを判断できるだけで恐怖心はだいぶ違う。
また実際に欠けてしまった際にも登り自体に余裕があれば落ちずに持ちこたえることができるかもしれない。
ただ岩の欠損ばっかりは全く予期できないケースもあるので、リスクはゼロにはならないとは思うが。

 
 

ボルダリングの恐怖心の分解

トラッドではなくボルダリングでも同様の考え方ができる。
例えば高い位置での思い切ったムーブが要求される課題において
“怖くてできない”
“自分はそんなにメンタルが強くない”
“(平気でこなしてしまうクライマーに対して)よくそんな無茶できるね”
などの言葉を使っている人を見るが、その恐怖心の根源を考えたことはあるだろうか。
この場合もざっと考えてみると「高い位置で思い切ったムーブに対する恐怖心」は以下のように分解できて、それぞれに対して改善策はあるのだ。

<ボルダリングの高い位置でムーブに対する恐怖心>

「危ない姿勢で落ちるかもしれない」ということに恐怖を感じているなら、”この課題は怖いからやらない”と片づけてしまうのではなく、自分の飛び出し方やキャッチの仕方を改善することで恐怖心は和らぐのではないかと探ってみるべきだ。
そういった課題で勇敢に飛び出せているクライマーはきっと自らの技術やフィジカルに自信があって、”たぶん振られて変な体勢にはならないだろうな”と冷静に判断しているのであって、無謀にムーブを繰り出しているわけではないことが多い。

ただ、どんなに良い姿勢で落ちたとしても「単純に高さが怖い」ということもあるかもしれない。
もしそうだとしたら岩場ならマット位置の工夫で解決できるし、スタイルの問題とも関係してくるが、なりふり構わず大量のマットを重ねるのもありだと思う。
エルキャピタンのフリーライダーをフリーソロしたあのアレックス・オーノルドでさえビショップのToo Big To Flail(V9) を初登したときは34枚のクラッシュパッドを敷き詰めている

もしくは自分がどこまでなら落ちられるのかを把握することも大切だ。
例えば僕は笠間のターゲットという課題は、変な体勢にならないことわかっていたけれど高さが単純に心配だった。
なので少しださいけれど、クラックの途中からあえて落ちてみてこの高さなら最悪落ちても大丈夫だと確認してから登った。

<ターゲット>


主にインドアではガバへ片手で飛び付く時などは、実は高さと関係なく「肩が抜けるかもしれない」などのフィジカルへのダメージを心配することもあるだろう。
これも結局のところ片手で耐えるという経験が少なかったり、フィジカルが低いことからくる恐怖心なので、課題の問題ではなく自身が改善策を講じることができる。

岩が欠けるかも、という気持ちはトラッドで書いたことと同様。

 
 

結論

トラッドとボルダーで恐怖心を分解してみた。
結局のところ言えることは、勇敢なクライマーや恐怖心を感じていないように見えるクライマーに対して単純に「あの人はメンタルが強い」という言葉で片づけるのは解釈がだいぶ浅い、ということだろう。
もちろん恐怖心のタガが外れているだけの人もいるが、多くの場合は確固たる技術と豊富な経験そしてベースとなるフィジカルに裏打ちされているからこそ恐怖心を克服できているはずなのだ。

第一感やフィーリングは大切だけれど、常に一歩踏み込んで論理立てて考えてみるクセを付けたい。