眠れぬ夜に吉田和正さんの過去記事を読み返す

眠れぬ夜に吉田和正さんの過去記事を読み返す

昨日、2016年9月26日、稀代のクライマーである吉田和正さんが肺がんで亡くなった。53歳であった。
吉田氏は
1989年の城ヶ崎の「Mars」の初登(発表当時5.13d、現在5.14a。当時5.14aなら世界最難トラッドルート)
1990年の小川山の「NINJA」の第2登(87年にグロバッツによって登られた発表当時5.14a/bの国内最難ルート)
1992年の神居岩の「シュピネーター」(5.14a)の初登
1993年の見晴岩の「ハードラック・トゥ・ミー」(5.14a/b)の初登
などなど、今更僕が語る必要が無いくらいの、常にクライミングシーンの最先端を切り開いてきた文句なしの偉人である。

僕が吉田氏を初めて認識したのはおそらく『Rock&Snow 037』。(発売当時はまだクライミングを始めていないので後からバックナンバーをAmazonで購入)
そこで僕の最も敬愛するクライマーである新井裕己さんが「ハードコア人体実験室」にて、吉田氏についてこう言及していた。

“お気づきの方もいるでしょうが、ワタクシメ、吉田和正さんの信奉者といおうか、師のスタイルには多大な影響を受けております。
(中略)
知に基づいた努力と継続と執念、戦略的能力獲得について、吉田和正以上の人を知りません。
すべてはモチベーション。それだけあれば何もいらないのです。
(中略)
さてと、吉田さんが何年も前に通過したであろう道を、あらためて追求しつつ、オープンに開示していくのがワタクシメの役目。
クライミング能力を高めるためには、悪魔に魂を売り渡し、一般社会からの遊離もやむなし。”

そこから、吉田氏に興味を持ち、過去のインタビュー記事を集めたり吉田氏のブログの過去記事を追うなどして、関連記事を読み漁るようになった。
今年の頭に城ヶ崎に行った際は、どうしても吉田氏初登の悟空ハング直上が登りたく通い詰めた

そして今朝なぜか午前4時に目が覚めてしまったので、ふと思い立ち、家にある『岩と雪』、『Rock&Snow』、『freefan』などの吉田氏関連の過去記事を読み返してしまった。
せっかくなので、哀悼の意も込めて、ここに印象的な記事やセリフを紹介させていただくことにする。
(ちなみに、紹介した本で『岩と雪』などは入手困難ですが、お貸ししますので興味があれば言ってください)

・『岩と雪 134』 MARS 5.13d
吉田氏が「Mars」を初登した際の記事。
吉田氏は年を追うに連れインタビューでのコメントがシニカルでどこかひねくれている感じになっていくが、この頃の吉田氏はクライミングの情熱の塊。
時代はフェイス全盛期に入っていたが、吉田氏はクラックルートである「Mars」にこだわりひたすらに挑戦をし続けた。

“これだけやっているんだから、最後は何かが助けてくれるんじゃないか、という甘い期待はみごとに裏切られ、僕は茫然として、血の噴き出した指でムーヴをさぐるふりをしていた”

“たのむ、登らせてくれ・・・”


そして、悲壮感すら漂う波状攻撃の末、ついに「Mars」を登るのである。

“どういう意味があったのかわからない。
とても意義のあることだったような気もするし、何か大事なものを犠牲にしてしまったような気もする。
青い鳥を追いかけて、ぼくはどこまで行くのだろう。”

・『岩と雪 164』 インタビュー吉田和正
1994年の30歳でのインタビュー記事。
必読。
前年に彼の集大成とも言える「ハードラック・トゥ・ミー」を完成させ、この頃から孤高の人の色合いを強めていくように思える。

“(高難度ルートを登るのに必要なものは?という質問に)
あきらめないってことだよ。しつこい性格だよ。おれはしつこいさ。
くよくよしてしつこくて、かなり嫌なやつだから。
そういうんじゃ、今のところ登れないから、登れるような性格に変えたいとは思うが。
魂を売るってわけじゃないけどさ、なるべくすべてのものをクライミングがうまくいくっていう方向に向けたいなっていう気持ちはありますね。”

“ただやるかどうか、いや、そういうのに価値を感じるかどうかだよな。
何回も、そして100回も200回も、300回もやって、登れてうれしいと思うかどうかだよな。
おれはそういうのをうれしいと思ってるから。
3回ぐらいやって、それが登れないって思うやつにはできないだろうしさ。”

“ハードル―トを登るのに、別にだれのためというわけではないんだけれど、義務感のようなものを感じている。”

・『Rock&Snow 012』、『Rock&Snow 013』 A DAY IN THE LIFE 吉田和正インタビュー
前回のインタビューから7年経ち、より一層自虐的になっていく吉田氏。
ロクスノ批判、チッピングの話なども飛び出した問題作ともいえる記事。
ちょっとここに載せづらいものもあるレベル。

“俺の考えだと、自分がトライを始めてから登れないから削るというのは、クライミングが自分に対する挑戦だとすれば完全に敗北だよね。
(中略)
俺はチッピングというのを2回しかやったことがない
(中略)
まあ、苦いものは残るよね。でも、そういう経験というのも重要だよね。重要だと思うよ。
いたずらに反対々々というのは簡単だけどさ。”

・『Rock&Snow 017』100tips
平山ユージさん、小山田大さん、室井登喜男さん、等々のそうそうたるメンツが読者の質問に答えるコーナー。
吉田氏は真面目な回答とおふざけの回答のバランスが取れていてかなり良い。

“(トレーニングで大事なことは何ですか。という質問に)
自分で考え、自分の体の反応を観察しようとする姿勢かと思います。
それは生き方も一緒かと、このごろつくづく感じます。”

・『Rock&Snow 024』 OLD BUT GOLD マーズ5.13d
杉野保さんが、再登者がほとんど出ていない過去の名ルートに挑むというシリーズ「OLD BUT GOLD」。
杉野氏の情熱と類稀なる文才によって毎回素晴らしい読み応えであった。
そしてこの回は吉田氏初登の「Mars」。
間違いなく、本シリーズ最高傑作。

この2004年の時点でMarsの初登から15年経っていたが、未だに再登者はいないという状況。
杉野氏は3度Marsに挑み完登はしていないものの、ルートの全貌を把握。
核心の5手のムーブだけで三段以上あり、どんなに低く見積もっても5.14aはあるとコメント。
1年以上にもわたるトライが吉田氏の体をマーズ仕様に変えたのではないかと結論付けた。

ちなみにMarsは2010年になり21年の時を経て佐藤祐介さんと平山ユージさんにより第2登、第3登が成された。
(その様子は『Rock&Snow 047』に掲載)

以上です。

それにしても、吉田氏といい、新井氏といい、偉大なクライマーはなんでこうもハードラックに見舞われてしまうのだろうか。

ご冥福をお祈りします。

Rock&Snow 037

Rock&Snow 012

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Rock&Snow 017

Rock&Snow 024

Rock&Snow 047