『超人の秘密』の感想~僕らはどうやってフロー状態になるか~
昨年末あたりに話題になっていた『超人の秘密 エクストリームスポーツとフロー体験』を読んだのですが、めちゃくちゃ面白かったのでその感想を主にクライミングに照らし合わせながら書こうと思います。
ちょうど最近ライノの一部常連内でのテーマが「ゾーンの入り方」だったので、個人的には非常にタイムリーな一冊でした。
概要
簡単に本書の概要を書きますと、
・「フロー状態」におけるパフォーマンスの高さや如何にしてフロー状態に入るのかなどを、主にエクストリームスポーツを例にとって説明
・フロー状態とは「最適な意識状態であり、最高の気分になりながら、同時に最高のパフォーマンスを実現できるピーク状態」
-流れ(flow)のような感覚を経験することからフローと名前が付いている
-スポーツでは「ゾーンに入っている状態」とも言う
・エクストリームスポーツのトップアスリートのパフォーマンスは通常の理解の範疇を超えているため、彼らが成功する時は必ずフロー状態に入っていると考えられる。
つまりエクストリームスポーツはフロー状態の格好の研究対象
-例えばスケートボーダーのダニー・ウェイは2005年に万里の長城を飛び越える21m以上の距離のジャンプにチャレンジした。ウェイは練習でミスをして足首を複雑骨折、前十字靭帯断裂という大けがを負いながらも、病院を抜け出し24時間後の本番でジャンプを成功させた。しかも360(水平方向1回転)を加えて
-他の例を挙げると、通常のスポーツである飛込競技では技の回転角度を900度増やすのに1世紀以上かかったが、エクストリームスポーツであるスキーの「ビッグエア」では回転角度が10年強で1640度も増えた。エクストリームスポーツの方が短い時間スパンでのパフォーマンスの向上が大きい
-エクストリームスポーツでは「ゾーンに入らなければ、ひどい目に遭う。ほかに選択肢はない」
・クライマーにお馴染みのディーンポッターやアレックスオーノルドも出てきます!
フロー状態への入り方
上記以外にもエクストリームスポーツにおける尋常ならざる成功例は数々挙げられているのですが、僕らが最も気になるところは結局のところ「どうすればフロー状態に入れるのか」というところです。
本書ではフロー状態に入るきっかけとなるトリガーを「外的なフロー・トリガー」「内的なフロー・トリガー」「社会的なフロー・トリガー」「創造性の面でのフロー・トリガー」に分けて説明しています。
<外的なフロー・トリガー>
・リスク
-目の前の脅威にすぐに対応しようと脳が活性化する
-危険な状況では脳がノルアドレナリンとドーパミンを出し、いい気分になる。つまりリスクそれ自体が報酬となり次第にリスクを追い求めるようになる
-“危険なこと以上に私たちの注意を引くものはない”
・多様性のある環境
-「新規性」「予測不可能性」「複雑性」が同時に存在する状況
-新規性は危険とチャンスの両方を意味する
-予測不可能な状況では次に何が起こるかに細心の注意を払う
-複雑性がある状況では重要な情報が一気に押し寄せてくるため、やはり脳が敏感になる
・深い身体化
-全身レベルの感覚の入力の全てに、同時に注意を払う状況
-むしろあえて前頭葉機能は低下し、身体全体で注意を払う
<内的なフロー・トリガー>
・明確な目標
-明確な目標を立てることは作業の内容をはっきりさせる
-そしてその作業と信念を一致させ、自分がそれをする理由を理解することに役立つ
・直接的なフィードバック
-原因と結果をその場で直接的に結び付ける
-入力と出力の時間的な隔たりが小さいほど、自分のしていることとそれをもっと上手くやる方法が良く理解できる
・挑戦とスキルの比率
-注意が最も高まるのは、作業の難しさと、その作業のためのスキルがある特定のバランスにある場合
-挑戦のレベルが高すぎると不安で頭がいっぱいになるし、低すぎると退屈してしまう
-一般的には、挑戦のレベルがスキルを4%上回っている状況が最も良い
<社会的なフロー・トリガー>
個人だけではなくグループ全体としてフロー状態に入るためのトリガーを「社会的なフロー・トリガー」と呼び、以下の10のトリガーがある(既に上で挙げたものと被るものもあるが)
・完全な集中
・共通の明確な目標
・良好なコミュニケーション
・対等な参加
・リスク要素
・親密さ
・エゴの融合
-グループにおける謙虚さ
-自分だけむやみに目立ちたがることもなく、全員が全面的に関与する
・コントロール感
-自主性:したいことを自由にできる
-適性:自分のしていることが得意である
・傾聴
-グループでの会話ややりとりの展開にあわせて、準備していなかった答えや行動をリアルタイムで生み出せる
-次にどんなことを言おうかとか、誰かがどんなことをし出すかなどを考えているのは傾聴ではない
・つねに前向きな姿勢
<創造性の面でのフロー・トリガー>
・フロー状態に入るために最も重要なのは「価値のある独自のアイデアを考え出す」というプロセス
-独創的なアイデアを思いついて世の中に伝えようとすれば必ず、失敗する恐怖、未知のものへの恐怖、世間に笑いものにされる恐怖、リソースを失う恐怖、など全ての段階で大きなリスクが伴う
-創造性を発揮することは見たことの無いパターンを発見することに等しいが、このパターン認識にはドーパミンの放出が伴い集中を高めフロー状態に短時間で入れるようになる
クライミングに照らし合わせて理解する
ではいよいよクライミングと照らし合わせてフロー状態の入り方を理解してみましょう。
・インドアよりも外の方がフロー状態に入り易い
外的なフロー・トリガーである「リスク」「多様性のある環境」「深い身体化」を考えると、どれをとってもインドアでのクライミングよりも外で自然の岩を登る環境の方がフロー・トリガーに溢れています。
実際に外の岩で”落ちられない状況”で、普段以上の極限の集中力を発揮したような体験を持つ方も多いのではないでしょうか。
例えばあえて外でノーマットでトライすることなどは一見単にリスクを負っているだけに見えますが、そうすることで強制的にフロー状態に入り成功の確率を高める可能性すらあると言えます。
・既知課題よりも新規課題の方がフロー状態に入り易い
また、フロー状態に入るということを考えれば、既に何度もやったことのある課題よりも、初見の新しい課題の方が「多様性のある環境」と言えるのでフロー状態に入り易いと思います。
コンペで異常な力が発揮できる所謂「コンペ効果」やフラッシュ(1回で登ること)を非常に得意とする人がいることも、取り組む課題が「新規性」「予測不可能性」「複雑性」で溢れているからこそフロー状態に入ることができていると考えれば納得がいくのではないでしょうか。
・明確な目標を持ち、自分のムーブの間違いを考え即座に修正し、常に自分の能力よりも少しだけ難しい課題に取り組むことが大切
内的なフロー・トリガーである「明確な目標」「直接的なフィードバック」「挑戦とスキルの比率」の考え方はどれも非常に有効な考え方でしょう。
普段の練習をしていても明確な目標があるか無いかでは集中力に大きな差が出ます。
“このコンペで勝ちたい”、”あの外の課題をどうしても登りたい”などと目標を掲げている人の登りは鬼気迫るものがあります。
直接的なフィードバックという意味では、自分が登れなかった課題やできなかったムーブのどこが間違っているのかその場ですぐに検討する人としない人でも登りの集中力が違うと思います。
何も考えずに同じ間違ったムーブを何度しても動きが緩慢となりフロー状態には入れないでしょう。
そして個人的に一番しっくりきたのが挑戦とスキルの比率である、4%ルール。
簡単すぎる課題をやっているクライマーも、難しすぎる課題をやっているクライマーも成長の伸びが遅い理由が腑に落ちた気がします。
自分のスキルよりも4%だけ難しい課題に取り組むことがフロー状態に入って、より大きな成長ができる近道だということです。
・適切な仲間とのセッションはフロー状態に入る近道
社会的なフロー・トリガーを考えると、セッション(他のクライマーと同じ課題に取り組むこと)で皆が発揮できる力が向上する所謂「セッション効果」も説明が付きます。
「親密」な仲間と、「良好なコミュニケーション」を取りながら、同じ課題に「対等に」「前向きに」取り組むことでグループ全体としてフロー状態に入り易いのです。
ペアでのビッグウォール挑戦などで凄まじい成果をあげているクライマーなどにもこの社会的なフロー・トリガーが生じていると考えることができると思います。
・初登のラインなどの方がフロー状態に入り易い
創造性がフロー状態に入る鍵だとすると、誰も登ったことがない自然の岩のラインなどを初登する際はまさにフロー状態に入る格好のチャンスだとも言えます。
誰も考え付かなかった、誰も挑戦しえなかったラインに挑むことで、ドーパミンが放出されフロー状態に入り易くなります。
近年だと倉上慶太さんの「千日の瑠璃」などは、一般クライマー視点では命を失いかねない状況での危険なチャレンジにも見えますが、壮大なラインへの独創的な挑戦こそが彼をフロー状態に入らせ成功した要因とも考えられるのではないでしょうか。
千日の瑠璃は『Rock & Snow70号』にも詳しく載っています
終わりに
こんな感じです。
クライミング中心に書きましたが、多分それ以外のスポーツやビジネスにも応用できる内容のはず。
何かに没頭している人・今以上にのめり込みたい人、必読ですね。
ではでは。
<超人の秘密>
<千日の瑠璃が載っているロクスノ>
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