蟹交線 2

蟹交線 2

蟹交線

「やっべ!遅刻だ!お母さん!ちょっとカニ子ちゃんに会って来るから!」

そう言ってカニ夫は”ホーム”を出た。
ある二人の蟹が結婚するとそのスポットで子供を産むことになっている。
そうすることで産まれた子供もそのスポットを通る軌跡を持つことができる。
その結果そのスポットでは家族全員の軌跡が交わることになるので、そこを”ホーム”と呼ぶ。

蟹交線 図3

カニ夫が出て行った後、カニ夫のホームではカニ父とカニ母がひそひそと話をしていた。

「あいつもそろそろいい年だろ?結婚は考えていないのか?」
「うーん・・・今はカニ子ちゃんに夢中みたいね。」
「でもカニ子ちゃんはブロック持ってるんだから結婚できないじゃないか。」
「それでも結婚するんだって言ってるわよ。」
「それでもって・・・子供はいらないのか?」
「さぁ・・・。」
「そろそろ目覚ますようにお前から言っといてくれよ。」

カニ子とのいつもの場所に急ぐカニ夫。
スポットではないものの二人の距離が一番近づく場所でいつも待ち合わせているのだ。
いつもの場所にカニ子は先に着いていた。
カニ子の軌跡を遮る岩のそば。
巨大で静かにそびえる岩。
今日は心なしかいつもにもまして大きく見える。

「ごめん、カニ子ちゃん!待った?」
「ううん、今着いたところよ。」
「カニ平に借りたキングクラブゾンの新曲が超良くてさ!それ聴いてたら遅れちゃった。」
「相変わらず夢中になると他の事全部忘れちゃうんだから。」
「でもさ、今回の曲も最高なんだ!特に冒頭のハサミソロがさ!ハサミをカチカチカッチカッチってならすあのメロディ!最近よくテレビとかで聴くでしょ?」
「あぁあれねっ。私のホームでもよく弟が鳴らしてるわ。」

いつも通りの会話。
しかしこの何気ない会話がカニ夫にとって一番の楽しみである。
しかし今日のカニ子は何か言いたげな顔をしている。
いつもと違う表情。
このカニ子の顔を見ただけでカニ夫はうすうすいやな予感は感じていた。

「あれっ、カニ子ちゃん何かあったの?なんか浮かない顔してるけど・・・。」
「・・・うんとね、あの・・・、今日は大事な話があるんだ・・・。」
「・・・何?話って?」

いつもは明るいカニ子だが今日は違う。
カニ夫はわからないふりをしたが、このカニ子の言葉でいやな予感はカニ夫の中で急激に膨れ上がった。

「実はね・・・私結婚することが決まったの。」
「結婚?」
「うん、結婚。」
「・・・え、そ、そんな早まらないでよー。俺にだってさ準備ってものがあるじゃんー。カニ子ちゃん一人の問題じゃないでしょー?もーう。はははっ。」
「ごめんね。あの、すごく言いづらいんだけど・・・カニ夫君とじゃないの・・・。」
「はっ?えっ?どーゆーことだよ!俺とじゃないって誰とだよ!」
「・・・この岩から遠く離れたとこに軌跡を持つ、カーニーソンさんって人よ。」
「な、何言ってんだよ!冗談でしょ?だれだよカーニーソンて!聞いたこともないよそんなやつ。」
「お父さんが決めたの。この岩とは離れた人と結婚しろって。そうしないと子供もブロックを持つ可能性が高いからって。それでお見合いして・・・。」
「は?俺に黙ってお見合いしたのかよ!そんなんありかよ!」
「ごめんなさい・・・。」
「カニ子ちゃんさ、俺のことあんなに好きだって言ってくれたじゃん!!結婚しようって言ってくれたじゃん!!!」
「カニ夫君のことは本当に好きなのよ!でもさ、あたしたちスポット持ってないんだから子供できないじゃない・・・。そしたらホームもできないじゃない。」
「いらねえよ子供なんて!」
「お父さんや親戚はそれじゃ納得してくれないのよ!」
「・・・嘘だろ?・・・おかしいよ。考え直してよ!!」
「もうね、たくさんたくさん考えたんだよ・・・。私、本当にたくさん考えたんだよ・・・。それにこれがカニ夫君のためにも一番良いって思って・・・。」
「俺のため?ふざけんなよ!俺カニ子ちゃんいなくなったらどうすりゃいいんだよ!」
「いなくなるわけじゃないわ・・・。」
「いなくなったも同然だよ!そんな遠いところにホーム持つんだろ!?」
「そうだけど・・・。」
「俺さ、カニ子ちゃんなしじゃどうしていいかホントわかんねーよ!今日の出来事、誰に話せばいいの?面白い話、誰に聞かせればいいの?ねぇ・・・?ねぇってば!!」

声を荒げるカニ夫。
カニ子の目からは涙がこぼれている。
あたりには誰もいない。
岩だけが静かに二人の会話を聞いている。
しばらくの静寂の後、カニ夫が話し始めた。

「なんだよ・・・。カニ子ちゃんも結局あんな大人たちと一緒かよ・・・もういいよ!」
「ねぇ・・・カニ夫君。わかって欲しいの。何もかも思い通りになんてならないわ。」
「・・・何もかも思い通りになんてしようと思ってない!」
「あのね、わたし本当に悩んだわ。
このブロックをどうやって克服するか随分考えたわ。
でもね、無理なの。どうしようもないの。
この岩からは逃げるしかないの。」
「俺がさ、なんとかしてやるよ!こんな岩!」
「無理だわ。こういう運命なのよ。
運命には逆らえない。
スヌーピーが言っていた通りよ。『配られたカードで勝負するしかないのさ』ってことなんだわ。きっと。」
「・・・あんな犬にカニの気持ちがわかるかよ!もういいっ!!」

そう言ってカニ夫はホームへ走っていった。

「カニ夫君待って!」

そのカニ子の声に見向きもせずカニ夫は走った。
カニ夫はもちろんわかっていた。カニ子と結婚なんてできないことは。
いずれこの日が来るはずだったことも。
そしてカニ子がこの決断をするのにどれだけ苦悩したかも。
でもどこに怒りをぶつけていいのかがわからない。
そんな中、岩だけは相変わらず静かにそびえ立っていた。