ランジのために身体を何回振るべきか

ランジのために身体を何回振るべきか

クライミングにはランジまたはダイノといってホールドに向かって飛び付くムーブがある。
その際、飛び出す前に反動を付けるように上下に身体を振ることでより距離を出そうと試みることがある。
今回はこのランジの前の身体の振りは一体何回振るべきなのか、ということを考えてみたい。

 
 


身体の振り方のパターン分け

ランジの前の身体の振り方は大きく以下の5つに分けることができるだろう。
・そのまま飛ぶだけ
・下から飛ぶ
・沈み込んでから飛ぶ
・1回上に振ってから飛ぶ
・2回以上上に振ってから飛ぶ
このうちどの飛び方が最も適しているのか、実演と理論の2つの観点から考察する。

 

5パターンのランジの実演

あまりランジが得意ではないので少し恥ずかしいが、5つのパターンの飛び方を実演してみた。
ちなみにこのランジはガバtoガバだがやってみると意外と距離があって、たぶん2級近い強度はあると思う。

<ランジ動画>

まず「飛ぶだけ」はもはやランジではない。
ただ手を出すだけなので距離もでない。
ボクシングで言えばノーモーションでジャブを繰り出しているようなものだ。

次に「下から飛ぶ」は「飛ぶだけ」に比べて助走距離が長いのでそれだけ身体を上に飛ばすことができている。
再び、ボクシングで言えば後ろにある手からパンチを出すのでジャブより威力が増す。
しかしそれでも距離が出ずにオレンジのホールドを捉えきれていない。

そして「沈んで飛ぶ」は一般的によく見られる飛び方だ。
一度沈み込むことで身体がしなり、その反動を利用して距離を出すことができている
結果としてオレンジのホールドにきちんと届いている。
ボクシングで一度手を引いてからパンチをしたり、野球のピッチャーが振りかぶってからボールを投げることも原理的にはおそらく同じであろう。

「1回上に振る」も使っているクライマーは多いと思う。
一度大きく上に身体を上げてから沈み込んで、そしてランジに繋げる。
ただ詳しくは後述するが、このような単純なガバでの距離出しのランジでは「沈んで飛ぶ」とほとんど飛距離は変わらないように感じた。

最後に「2回(以上)上に振る」。
これもよく見られる振り方であり、まれに3回以上振っている人も見かける。
一般的に横振りのランジなどでは2回以上の振りは使われるケースもあるが、動画の様な単純な縦振りのランジではトップクライマーはあまり使用しないのではないか。
これは自身でも意外だったのだが、この振り方に慣れていないこともあってか、「沈んで飛ぶ」や「1回上に振る」と比べて飛距離が落ちてしまった。

 
 

ランジの振り方を科学する

次に理論的に考えつつ、トップクライマーの動きでも検証してみる。

 

沈み込みの科学的効果

上の実演でも「沈んで飛ぶ」ことは明らかに効果があったし、経験からも沈み込みの重要さはわかるのだが、なぜ沈み込むことが飛距離を伸ばすのだろうか。

シンプルな力学で考えると、飛び出し角度が同じならランジの飛距離は「飛び出す瞬間の速さ」で決まる。
つまり飛び出すまでにどれだけ身体が運動エネルギーを持てるのかということなので、身体に与えた仕事量すなわち「力×距離」で飛距離は決定するのだ。(厳密には力を距離で積分すべきだが、簡易的に考える)
「下から飛ぶ」と「沈んで飛ぶ」はどちらでも、しゃがんだところから飛び出す瞬間までの「距離」は同じだとして良いだろう。
ということは沈み込むことで身体に加えることができる「力」が異なっているはずなのだ。

自分の考えと感覚、及び調べたところではざっくりとこう認識している。(間違っていたら例のごとくご指摘お願いします)
「ニュートラルな基準点から一気に沈み込むことで腱や筋肉がバネのようになり弾性エネルギーがたまる。そしてその力をそのままジャンプに利用できるため、より飛距離を出すことができる」
つまり「下から飛ぶ」の場合はしゃがんでいるところでエネルギーが0だが、「沈んで飛ぶ」の場合はしゃがんでいるところで既に弾性エネルギーを持っているため、結果として大きな運動エネルギーすなわち飛び出しの速さに繋がると解釈できる。
上で議論した「力」で論じるなら、「沈んで飛ぶ」の場合はバネの単振動のようになり、しゃがんだ時点で上に引かれる力が生じていると考えてもよいだろう。
このような沈み込み効果は「SSC運動」(伸張-短縮サイクル運動 Stretch-Shortening Cycle)と呼ばれ、例として挙げたボクサーのパンチやピッチャーのボール投げでも使われているし、最もわかりやすい例は単純な垂直跳びで一度勢いよく沈むことで高く跳べるという経験則からも納得できるだろう。

ただし、SSCの効果については議論も起きていて
“弾性エネルギーの蓄積、再利用に関して、弾性エネルギーがなしうる正の仕事が増えても、生産される正の仕事全体が増えるわけではない。主因は、反動をつけることで被験者が跳び上がろうとするときに、より強い関節トルクを得ることができるためである”
という主張もあるので、そのメカニズムは完全には解明されていないかもしれない。

※追記※
陸上競技に詳しい先輩に教えていただきましたが、SSC運動は弾性エネルギーだけでなく伸張反射といって筋紡錘という感覚受容器が筋の長さの変化を感知して脊髄反射する効果も大きいようです。
つまり沈み込んだ瞬間に筋肉が伸びたことを筋紡錘が感知し「逆方向へ縮ませろ!」という命令が脊髄反射で行われ、より強い力をランジで得ているのです。
※追記終わり※

 

なぜ1回上に振るのか

では「沈んで飛ぶ」だけで飛距離が出せるなら、なぜ1回上に振る必要があるのだろうか。
僕の結論から言うと、「十分に沈み込めるなら上に振る必要はない」である。
特に上の動画のように手足のホールドが良いなら、いきなり十分に沈み込めるので上への振りはほぼ不要だと考える。
ただし横に近い振りなどで反対方向へいきなり大きく動けない時に、一回進行方向へ振るというのはあるだろう。
実際に『クライマーズバイブル』でも、まず「沈み込み」をするのが基本と書いていて、”より反動をつけたい時は何度か沈んだり立ったりと、手足で漕いでから飛ぶことが効果的な場合もある”と注釈されている。

<クライマーズバイブル ダイノ>

とは言え、ただのガバの上下ランジであってもトップクライマーも含めて「1回上に振る」人は多い。
この動作を解釈するならば「フォーカシング」をしていると言えるのではないか。
『インドアボルダリングBOOK』にはこう書いてある。
“デッドポイントを含めて、跳び系のムーブを行う際に試してほしいのがフォーカシングという行為だ。
これは目標ホールドを睨みつける(フォーカスする)ように意識を集中させ、キャッチの精度を高める技だ”
1回上に振ることでフォーカシングし目標ホールドへの軌道を頭と身体に覚えさせ、スムーズなランジの動作に繋げているのだ。

例えば2018年の第13回ボルダリングジャパンカップ男子予選の第4課題でもトップクライマーであっても、ほとんど沈み込むだけの選手と、大きく上に一度身体を振る選手が存在することがわかる。
どちらが良いかはその人の飛び方、癖、どちらを気持ち良いと感じるか、などによるのだと思う。

<第13回ボルダリングジャパンカップ男子予選>

https://www.youtube.com/watch?v=LGIUJLM5oa8&t=10915s

 

2回以上の振りは必要ないのか

最後に、2回以上振ることが必要なのかについて。
これは単純なランジではほぼ意味をなさない。
それどころか身体の動きに無駄が生じて上手くランジできない可能性すらあるだろう。
実際に上の動画では僕は飛距離は落ちている。
初中級者のクライマーを見ていても、ランジに躊躇して2回3回と上方向への不要な反動を付けているせいでランジが成功していないケースは見られる。

ただし昨今コンペでよく出るような、かなり反動が付けづらい横方向へのコーディネーションランジなどでは、1回だけの振りでは十分な振幅が稼げないケースは存在する。
例えば先日の2019年の第14回ボルダリングジャパンカップの女子決勝第2課題の4連続コーディネーションでは、優勝した野中生萌選手は2回身体を振ることで大きな距離出しに繋げている。

< 第14回ボルダリングジャパンカップ女子決勝 >

 
 

まとめ

以上である。
少し長くなったので改めてまとめると、

・ランジでは、反対方向へ沈み込み、身体をしならせバネのように反動を付けてから飛び出すと距離が出る
・単純なランジなら上記の沈み込みだけで十分
・ただし、反対方向へ十分に沈み込めない時、また軌道が取りづらいなどフォーカシングの必要がある時は、1回進行方向へ身体を振った後に沈み込むと効果的
・横振りランジなどで1回の振りでは十分な振幅が得られないときは、2回以上振ると良い


となる。

こういう一見当たり前のことでも言語化して整理すると自分のためにもなる。
ではまた明日!