ボルダリングでアテンプトよりもゾーン(ボーナス)が重要に! ~2018 IFSCルール主要変更点~
2018年1月18日に発表され、昨日日本山岳・スポーツクライミング協会において掲載された2018年のIFSCのルールの主要変更点が話題になっております。
特に上記リンクからも飛べる原文の3番目の「ボルダリングの順位付け方法の変更」は非常に大きな変更点であり、今後の選手の戦略やトレーニング方法、ひいてはクライミングに対する姿勢や考え方にまで影響を与えうるものではないでしょうか。
この記事では変更点の解説をし、更にこのルールの変更がどの程度影響があるのかを2017年のリザルトに当てはめてシミュレーションしてみます。
変更点の概要
ボルダリング種目のルール変更点はリンク先に書かれていますが、簡潔に述べると以下の2点です。
・ボーナス(Bonus)をゾーン(Zone)という名称に変更
・順位付けにおいて「完登数」の次に評価されるものが「ゾーン獲得数」となり、「完登のアテンプト数」はその次に評価される
簡単に用語を説明すると、ボーナスやゾーンというのは課題の途中に設けられた地点であり、そこまで到達すると一定の評価をされる高度のことです。
アテンプトというのはトライ回数だと思ってもらえれば良いです。
ゾーン
まずわざわざゾーンという呼び名に変えた意図はなんなのでしょうか。
ネイティブの感覚だとボーナスという言葉に違和感があったのでしょうかね。
ニュアンスは「特定の地帯・場所まで到達した」みたいな感じですかね。
「ゾーン獲得数」>「完登のアテンプト数」
そして最大の変更が評価の順番が「ゾーン獲得数」>「完登のアテンプト数」となったことですね。
つまり、決勝4課題で
「2完登2アテンプト、その他課題はゾーン0」という1撃することに優れた選手よりも
「2完登7アテンプト、その他課題でゾーンを2つ獲得」というアテンプト数は嵩むけれど万遍なく高度を上げられる選手の方が評価されるということなのです。
ルールの適用は2018年4月からとのことですが、これを機に国内の公式大会はもちろん草コンペでも変わるとなれば多くのクライマーに影響が出る変更です。
2017年のリザルトでシミュレーション
IFSCは、
This change has been judged feasible with only limited impact on the final results.
つまり「この変更は最終的なリザルトへの影響は限定的なまま実現できるはず」と述べています。
ではせっかくなので2017年のボルダリングワールドカップのリザルトに適用した場合にどのような影響がでるかをシミュレーションしてみましょう。
ただし重要な点としては、当たり前ですが2017年時点では選手は「完登のアテンプト数」>「ゾーン獲得数」というルールで競技をしていたということです。
なので例えばゾーンを獲得することを捨てて体力を回復させ次の課題で少ないアテンプトで完登することを狙うという戦略を取ったこともあったでしょうし、完登できなさそうであればわざわざゾーンまで行くことも狙わないという判断をしたこともあったでしょう。
あくまでただのシミュレーションであり、実際には順位は変動しない可能性もありますし、もっと大きく変動する可能性もあるということを頭に入れた上で目を通してください。
男子決勝
予選からだと大変なので、決勝のみでやります。
まずは男子の結果を貼ります。
表の見方は、
1列目の「旧ルール順位」が実際の順位であり「完登のアテンプト数」>「ゾーン獲得数」という順で評価したものです。
2列目の「新ルール順位」は今回のルール変更を適用した際の順位であり「ゾーン獲得数」>「完登のアテンプト数」という順で評価したものです。
スコアの
○ t ◇ というのは○つの課題で完登をして、そのアテンプト数が◇であるという意味です。
○ b ◇ も同様に○つの課題でボーナス(ゾーン)を獲得し、そのアテンプト数が◇であるという意味です。
準決勝順位は旧ルールで評価したものを載せています。
男子では7戦中3戦で決勝の順位変更が生じるようですが、優勝者は変わらずのようです。
しかし第1戦の杉本選手などは新ルールであれば、4位から2つも順位を上げ準優勝することになります。
女子決勝
続いて女子です。
女子も2戦で順位の変更が見られますが、優勝や表彰台に影響が出る程度ではないようですね。
まぁIFSCがこれを調べていないはずはないので、おそらくこの結果をもとに限定的な影響と文言に入れたのだと思われます。
選手等への影響やルール変更の是非
ただし昨年のリザルトなどに適用して大きな変化がないからといって、このルール変更が些細なものなのかというとそうではないと思います。
原文には以下の文章が書かれています。
There are great benefits including an improved logic regarding the athletes’ progression throughout the boulder and an easier
understanding of standings for a non-endemic audience.
意訳すると、「選手が課題を取り組む意味合いの改善、クライミングに詳しくない観客がリザルトを理解し易くなる、など良いことがたくさんある」というわけです。
(前半部は直訳だと”ボルダーの間中、選手が進展することに関するロジックの改善”ですがちょっと真意が把握し切れていないかもしれないので、英語に詳しい方がいたら教えて欲しいです)
だいぶ僕の拡大解釈もあるかもしれませんが恐れずに言うと、
「選手に多くのトライをさせたい」
「アテンプトというわかりづらい概念よりゾーンというわかりやすい指標にしたい」
ということだと思います。
僕はこの改善は「どの課題でも高度を出せる選手が有利になるので、色々なタイプに対応ができるオールラウンダーが上位に来る」という点では良い面があると思っています。
真に”強い”クライマーが上位に来やすくなった可能性もあります。
一方で「課題を1撃するもしくは少ないアテンプトで登ることが美学であるという考えが薄まる」という懸念もあります。
クライマーとしては特にボルダリングでは「完登こそが全てであり完登しなければどれだけ高度を出しても大した意味は無い」と考える方が多いと思います。
そりゃ”エイハブ船長でリップ取りまで行ったんだぜ!すごいだろ!”と自慢したがるクライマーはあまりいないと思いますし、そんなこと言っている人がいたらダサいです。
しかしこのルール変更によってボルダー課題であっても完登せずとも高度を出すことにかなりの意味合いが置かれるのです。
そしてオンサイトや少ないアテンプトで登ることの価値は相対的に下がります。
これは選手の戦略やトレーニングのみならずクライミングに対する哲学にまである程度の影響を与える可能性すらあるのではないでしょうか。
あとはゾーンに意味合いを持たせるために、課題に核心が2つ以上入ることが多くなるでしょうね。
いずれにしても来シーズンがどうなるのか、この変更でどのようなドラマが生まれるのかが楽しみです。
その他のルール変更に関して
そして実はその他のルール変更の中にもちょっと注目すべきものがあります。
それは4番目の「Standings during competition」です。
During competition standings will be shown to athletes with a screen in the isolation room
とあるので、standingsを順位表と言う意味で捉えれば、「アイソレーションルームにてスクリーンに順位表が映される」ということになります。
これは予選~決勝のどの段階でどのように映されるのかまだわかりませんが、公平性を保ったままどう変更するのでしょうか。
詳細を待ちましょう。
-
前の記事
2017年9月~12月に読んで面白かった本 2018.01.17
-
次の記事
ボルダリング検定とコンペは何が違うのか 2018.01.27