【アダム・オンドラ】 クライミングの歴史を10年進めた男

【アダム・オンドラ】 クライミングの歴史を10年進めた男

クライミングをあまり知らない方~初中級者のために、そして僕自身の知識の整理のために基本情報を色々とまとめていきます。
まずは有名クライマーの偉業まとめ。
有名クライマーといったら絶対に外せないのはこの人、アダム・オンドラ(Adam Ondra)!

「人類最強」や「ミュータント」とも言われるアダムですが、
“結局何がすごいの?”
“どれくらい強いの?”
“一番得意なジャンルは何なの?”
などをはっきりと知らない人は実は多いのではないでしょうか。

そんなアダムのこれまでの偉業を簡単にまとめて紹介します。
東京オリンピック2020のスポーツクライミングの出場権を持っていて、間違いなく日本勢の最大の障壁となる選手です。

こういったテーマは実際に話した方が分かり易く伝わりそうだし、熱量も出そうなので動画を撮ってYouTubeにアップしました!
観て楽しんでもらえると嬉しいです!

<アダムオンドラについて熱く語ってみた>

 
 


まとめ

まず結論をまとめると、アダムオンドラは
・コンペも岩も、そしてボルダリングもリードもクラックを含んだビッグウォールも、どのジャンルもとにかく最強!
です。

更に彼が最も得意とする岩でのリードクライミングに関しては、
・アダム1人でクライミングの歴史を10年分は進めてしまった
といって良い成果を上げています。

過去にここまで幅広いジャンルで活躍し、かつどの分野でもハイパフォーマンスを見せたクライマーは存在せず、その意味で人類最強のクライマーという称号がまさにふさわしいです。

以下もう少し詳しく見ていきましょう。

 
 

プロフィール

アダム オンドラ(Adam Ondra)は1993年2月5日生まれ
2021年現在で28歳の男性クライマー。
93年組は海外だと、
・アレックス メゴス (Alex Megos)
・ショウナ コクシー(Shauna Coxsey)
などが有名です。
国内だと、
・中嶋徹(なかじまとおる)さん
・渡部桂太(わたべけいた)さん
・一宮大介(いちみやだいすけ)さん
・大田理裟(おおたりさ)さん
などのクライマーと同世代ということですね。
(参考記事
あの海外クライマーは何歳? 代表的なクライマーの生まれ年 海外編
あのクライマーは何歳? 代表的なクライマーの生まれ年

出身はチェコ第二の都市であるブルノ
中央ヨーロッパはドイツ、オーストリア、スロベニアなどクライミングが強い国が多いです。
チェコも過去にリードで世界選手権を2003年、2005年と連覇した
・トーマス ムラチェク(Tomáš Mrázek)
を輩出するなど強豪国の1つ。

 

身体情報は、
身長:186cm
横リーチ(ウィングスパン):187cm
体重:71kg

であり、クライマーとしてはかなり巨大ですが横リーチは身長+1cmと少し短めなのが意外ですね。
また2010年の17歳時点では、
身長:181cm
体重:58kg
であり当時は「ハリーポッター」とも呼ばれるくらい線が細かったのですが、そこから身長も体重も相当に増加していることがわかります。

<アダムの身体情報などの動画>

 

コンペ:リードとボルダリングの両方で完全無欠

まずはアダムのコンペの実績から。

 

2009年の鮮烈デビュー

アダムがワールドカップにデビューしたのは2009年の16歳の時です。
リードで初戦のシャモニにて5位となると、続く2戦目のバルセロナではなんと優勝!
そしてパチ・ウソビアガ(2006,07でリード年間優勝)やラモン・ジュリアン(2010リード年間優勝)といったスペインの強豪選手が活躍するこの年のコンペシーンにおいて、結果的に6戦中4戦を制してリードの年間優勝を掴み取るという鮮烈なデビューを果たします。

 

2010年にボルダリングでも総合優勝の快挙

その翌年となる2010年、アダムは今度はボルダリングワールドカップで偉業を成し遂げます。
ボルダリング初戦のスイス グライフェンゼー、2戦目のウィーンで準優勝と好スタートを切りますが、この2大会ともに優勝をしたのは当時選手として最盛期にあったオーストリアの英雄キリアン・フィッシュフーバー(2005,07,08,09,11でボルダリングで年間優勝)。
しかしアダムは残る5戦の内3戦で優勝し、結果的にこの年優勝3回、準優勝2回でなんとキリアンを凌いでボルダリングワールドカップでも年間優勝を手中に収めるのです!

これによってアダムはリードとボルダリングの両方のワールドカップで年間優勝を成し遂げるという前人未到の快挙を達成したのでした。

 

2014年の世界選手権においてリード・ボルダリングを制覇

しばらくコンペから離れたあとの2014年の世界選手権、またしてもアダムはとんでもない成果を叩き出します。
毎年数戦開催されるワールドカップとは違い、世界選手権は2年に1度の1発勝負の大一番でありクライミングコンペ界で最も格式高い大会とされています。
そんな世界選手権でアダムは2014年、リードとボルダリングの両方で表彰台の頂点に立ったのです
もちろんこれも史上初。

この世界選手権の両種目制覇においてアダムはインドアクライミングでも誰も追いつけない、史上最強のクライマーの称号を手にしたのでした。

 
 

岩でのリード:5.15cとdを切り開き、5.15aをフラッシュ

クライミングと名の付くもの全てで最強のアダムですが、本職を1つ挙げるとするならばそれは岩場でのスポートルートのリードクライミングでしょう。

アダムは2006年のまだ13歳の時に最初の9a(5.14d)である Martin Krpan 9a(5.1を登り注目を集めます。
その後、
・2008年にOpen Air (5.15a)
・2010年にGolpe de Estado(5.15b)
を登り、この時点で5.15bを登ったと確実に認められたクライマーはレジェンド クリス・シャーマとアダムの唯2名となりリードクライミングの世界トップに肩を並べます。

そして2011年以降、コンペと距離を置き岩に集中したアダムはついに2012年ノルウェーのフラタンゲルにおいてChangeを初登し人類初の5.15cの地平を切り開くのです。
このChangeは2020年にステファノ・ギソルフィが第2登するまで8年間に渡り再登者を拒んだことになります。
(2人目の5.15cという意味では、2013年にスペインオリアナでアダムが初登したLa Dura Dura 5.15cを1ヶ月後にクリスも登っている)

更にアダムは2017年、同じくノルウェーのフラタンゲルにおいて2~3年かけて取り組んだSilenceを初登しこれに5.15dのグレードを付け人類の限界を押し上げます
このSilenceは未だに再登者はなし。
クライミングの歴史を10年進めたと冒頭に書きましたが、実のところは10年どころかまだ誰もアダムの見ている世界を理解できていないのかもしれません。
(5.15dという意味では、メゴスが2020年にセユーズでBibliographieを初登し2人目の5.15dの成功者になっている)

<Silence>

<リードクライミングの最高グレード更新の歴史 >
※グレードは初登後ずれるので諸説ありますが、『Rock & Snow 057』を参考にしました

  

またアダムは2018年にフランスのサンレジェールでSuper Crackinette 5.15aのフラッシュに成功!
2021年現在でも5.15aをフラッシュしたのはアダムオンドラ唯1人です。

とにかく岩のリードでは他を寄せ付けない圧倒的な成果を残していると言って良いでしょう。

 
 

岩でのボルダリング:V16を3~4本

ボルダリングにおいてもアダムは世界トップクラスに追随する実績を残しています。
現在のボルダーグレードの最高はV17であり、これを登っているのは
・ナーレ フッカタイバル:Burden of Dreams
・ダニエル ウッズ:Return of Sleepwalker
の2名のみ。
(V17が提唱された課題は他にもありますが、確定するのが難しいためこの2本のみとしました)

続くグレードであるV16を登っているクライマーは世界に20名弱程度ですが、アダムもこの中に名を連ね、更に以下のように複数本登っています!

・Terranova:2011年にアダムが初登
・Brutal Rider:2020年にアダムが初登
・Ledoborec:2020年にアダムが初登
・Gioia:2008年にクリスチャン コアが初登しV15を提唱。第2登のアダムオンドラはV16、第3登のナーレフッカタイバルはV15に感じるとのこと


全体的に持久系ルートのV16が多いものの、V16をこれだけ登っているクライマーは数えるほどしかいないため驚異的な実績です。

また、アダムはV14のフラッシュにも成功しています!

 
 

ビッグウォール:世界最難のドーンウォールを早々と第2登

ここまででアダムオンドラがインドアでも岩でも、そしてリードでもボルダリングでもトップレベルの成果を上げ如何にクライミングの神に愛されているかが伝わったかと思います。

しかしアダムの才能はボルダーやスポートルートに留まりません。

マルチピッチではマダガスカルの8ピッチルートであるTough Enough 5.14bをワンデイオールフリー。
クラックでは
・ヨセミテの Cosmic Debris 5.13bのオンサイト
・インディアンクリークのBelly Full of Bad Berries 5.13aを2トライでRP
などスポート中心のクライマーとは思えない驚異的な成果を出しています。

ですが特筆すべきは2016年のヨセミテドーンウォール(Dawn Wall)のワンプッシュオールフリー(トライの中で地面に降りてこないで、全ピッチをフリーで登ること)でしょう。
ドーンウォールはヨセミテのエルキャピタンにあるビッグウォールルートであり、2007年にトミー・コールドウェルがこのラインをフリーで登ることを見出し、2015年にケビン・ジョージスンと19日間のワンプッシュオールフリーに成功します。
ドーンウォールは世界最難のマルチピッチとも評されていて、全32ピッチで最高グレードは5.14d!
しかも5.14台が8ピッチ、5.13台が12ピッチあるという驚異的な難易度です。

アダムは2016年の11月に事前に試登はしましたが、なんと8日間でワンプッシュオールフリーに成功させるのです。

杉野保さんはドーンウォールのことを、

果たしてこれを第2登するクライマーは現れるのだろうか。
再登と言えども、ヨセミテに住んで人生のすべてをこのルートに注ぐ覚悟が要るのは間違いない。
ワンプッシュどころか、全ピッチを個別に登る者すら今後二度と現れない。
そんな気がする。

と評しましたが、アダムはこの人類に再登ができないとも思われたドーンウォールをなんと1シーズンで登り切ってしまったのでした。

 
 

まとめ:アダムのクライミング史をストーリーで振り返る

まとめると、「とにかく全ジャンルにおいて最強」以外の言葉が無いのですが彼のクライミング史を一本の線で見てみましょう。

2009年以前:ユースのコンペと岩場で頭角を現した天才少年
2009年:リードW杯年間優勝
2010年:ボルダリングW杯年間優勝
2011~12年:岩場に注力し、Change(5.15c)を初登
2013~14年:コンペにカムバックし、世界選手権でリード&ボルダリング優勝
2016年:ドーンウォールを登り誰もが認めるロッククライマーに
2017年:Silenceの初登で5.15dの領域へ
2018年:ヨセミテサラテのオンサイトチャレンジ
2019年~:東京オリンピック2020に向けてスポーツクライミングに再び注力