ボルダリングWCの優勝者の完登傾向を知る

ボルダリングWCの優勝者の完登傾向を知る

前回に引き続きボルダリングワールドカップ(BWC)の完登傾向の分析。
今回は優勝者に絞って、
・優勝者の平均完登数
・優勝者が強い課題順
・優勝するために登らなければいけいない課題
あたりを調べていきます。

<前回記事:ボルダリングWCの難易度は変わったか>

 
 


方法・前提

前回と同じなので簡潔に書きますがが、分析の方法や前提は以下です。
・対象は過去5年のBWCの決勝(計32大会)
・サンプル数を確保するため男女合わせて分析(計64試合)

・BWCの決勝には原則6人進出(同着がいた場合7人以上になる)
・決勝課題数は4つ

 
 

ボルダリングWCで優勝するには全完が求められる傾向

前回ブログで近年BWCの決勝の完登率が上がっていると書きました。
では優勝者の完登数はどのように推移しているのでしょうか。
下のグラフはシーズン別に、「優勝者が何課題完登した試合がいくつあったか」を集計したものです。

<優勝者の完登数推移>

青:全完登
緑:3完登
黄:2完登
赤:1完登

2018年までは2完登でも優勝できることがちらほらありました。
それだけ決勝課題が難しかったということですね。
しかし直近の2019年では2完登で優勝したケースはなくなり、12試合中8試合が全完登での優勝となっています。
つまり多くの場合で優勝するには全完が求められるようになっているということです。
得意系課題を1人だけ拾い勝つというパターンよりは、満遍なくあらゆるタイプの課題に対応する必要性が高まっているとも見て取れるでしょう。

ちなみに過去5年で1度だけあった「1完登での優勝」は2017年初戦マイリンゲンの男子で、優勝者は藤井快選手!
この試合は杉本選手の怪我からの復活、渡部選手がスラブマスターっぷりを世界に知らしめた試合でもあるので印象に残っている人も多いのでは。
決勝では上記の日本人選手3人がそれぞれ別の課題を1つづつ登り、それ以外に完登は出ないという稀にみる凶悪なセットでした。
が、こういうそれぞれの長所が思いっきり発揮されるコンペもクライマー視点では観ていて楽しいですよね。

<2017年マイリンゲン戦>

 
 

優勝者が特別強い課題順は無い。第1課題を登らなくても優勝はできる

次に優勝者が特に強い課題順があるかを調べてみます。
前回課題順ごとの平均完登率を見ましたが、これを優勝者と比べたのが以下のグラフです。

<課題順ごと完登率。優勝者vs平均>

課題順ごとの優勝者(赤)と平均(青)の完登率。
前回見たように全体では第1課題が完登率が最も高く(53%)、最終の第4課題が最も低い(40%)です。
この傾向は優勝者にも当てはまり、第1課題が最も高く88%、第4課題が最も低く78%となっています。
差分を取ると、第4課題で平均との差が最も広がり39%ですなわち優勝者が最終課題に強いという見方もできそうですが、他の課題と5%程度しか違わず誤差の範囲な気もします。
前回記事にも書いたように「優勝の目が無い選手は最終課題でメンタル的にパフォーマンスを出しづらい」という影響もありそう。

またグラフの読み取り方を少し変えると、優勝者の内88%は第1課題を登った上で優勝しているわけですが、残りの12%は第1課題を取りこぼしても優勝を手にしたわけです。
ウェルカム気味の第1課題が登れないと優勝が一気に遠ざかることは確かですが、挽回は十分可能であるということですね。
思い出せる範囲でも第1課題ができなくても優勝したケースというのはいくつもありますね。

 
 

自分が登れなかった課題を、他の3人以上が登ると優勝は遠ざかる

上で見たように優勝者でも課題の取りこぼしはあるとは言え、あまりにウェルカムで他全員が登っているような課題が登れないと直感的に優勝は厳しそうです。
ということで、「優勝者が登れなかった課題は他の選手はどれくらい登れているのか」を調べてみます。
BWCの決勝では過去5年で256本(64試合×4本)の課題が登場しまたが、その内優勝者が登れなかったのは42本(完登率84%)。
その42本は何人登れたかを調べたのが以下のグラフです。
グラフ中の数字は課題数です。

<優勝者の取りこぼし課題は何人登れたか>

黄:3人登った
青:2人登った
緑:1人登った
灰:誰も登れなかった

誰も登れないような0完課題は18本ですが、これは年々減っているというのは前回記事でも確認しましたね。
そして残りの大半を占めるのは、誰か1人が登れたという19本。
これは詳細に課題を見たわけではないですが、どの選手かの得意系にハマりその選手しか登れなかったというパターンが多いでしょうか。
優勝者であってもこのような「誰か1人しか登れないような課題」の取りこぼしは5年間で19本もあるわけであり、逆に考えればBWCの決勝でこの手の課題を逃しても極端に落ち込むことは無いということかもしれません。

一方で優勝者が登れず他3人が登ったというケースはなんと過去5年でたった1度のみ、優勝者以外に4人以上が登ったというケースはありませんでした。
つまり過去5年の統計からは、自分が登れずに他3人以上が完登してしまう課題があると優勝はかなり遠ざかると捉えても良いのかもしれません。
3人以上が登るということはある程度の難易度の範囲内に抑えている課題なはずなので、これを取りこぼすことは痛いということですね。

ちなみに自分以外の3人に登られてしまった課題があったけれど優勝できたのは、2018年最終戦ミュンヘン男子のグレゴール選手。
取りこぼした第2課題を他3選手が完登しましたが、第1課題は逆に彼のみ完登かつゾーンも他選手が取れなかったため、優勝をもぎ取りました。

<2018年ミュンヘン戦>

 

またワールドカップではないですが、今年のボルダリングジャパンカップの原田選手の例も面白いですね。
原田選手は他4人が登った第1課題が登れなかったものの、第2課題で唯1人の完登劇を見せ逆転優勝に成功しています。

なのであくまで上のグラフは過去の統計でしかなく、絶望する必要はもちろんないのです。

<2020年ボルダリングジャパンカップ>

 
 

まとめ

まとめると以下になります。

・ボルダリングワールドカップで優勝するには決勝で全完登に近い成績が求められる傾向
・優勝者が特別に強い課題順は無く、第1課題を登らずとも優勝はできる
・自分が登れなかった課題であっても、それが他1,2選手しか完登が出ていないなら挽回の余地は大いにある
・逆に他3選手以上が登っているのに自分だけ登れない状況から逆転できるケースは非常に稀

今回もシンプルな分析でしたが、自分の認識をアップデートできたので満足です。
ボルダリングの観戦や解説にも役立ちそう。
ではでは。