リードクライミングの高度判定ルールの考察~第32回LJCの所感~
- 2019.03.04
- データ&ルール リードクライミングルール 過去の大会データ
2019年 第32回リードジャパンカップ(LJC)が大きな盛り上がりを見せ無事終了しました。
既に多くのメディアでその展開や結末はシェアされていますので詳しい大会内容はそのあたりに譲るとして、ここでは一部から質問が飛んできたリードクライミング種目のルールに関して突っ込んで書いてみたいと思います。
特に「高度が+(プラス)となる状況」について、僕自身知らなかったことを含めて整理してみます。
決勝の感想
とは言え、簡単にですがまずは決勝の感想を書いておきます。
率直に言って試合展開がめちゃくちゃ面白くてかなり興奮して楽しんでしまいました。
リザルトはこちら。
まず女子は出てくる選手が次々に高度を上げていくという、観ていて徐々にルートの全容が把握できてくる試合運び。
そんな中、森選手が終了点2手前まで迫りそこから1手出し最高高度をマーク。
続く野口選手は中間部で手順を間違えるなど消耗してしまいますが、最後は執念の一手を出し森選手と同高度。
カウントバックの結果野口選手がチャンピオンに返り咲きました。
森選手と野口選手のゴール付近勝負はこれで3年連続。
本当に語り継がれるライバル関係&名勝負となっていますね。
男子は藤井選手がとにかく上手かった!初の優勝。
楢﨑智亜選手を彷彿とさせるような非常にテンポの良い登りで最終クリップまで行きそこで十分にレスト。
そこから持ち前の正確なボルダー能力でほぼミスなくゴールまで登り切りました。
そして最終競技者の楢﨑智亜選手はかなり余裕がありそうでしたが、少しスリップしたのか終了点落ちでまたもや2位。
藤井選手がリードでもそのスタイルを確立させた予感がして今後が楽しみです。
それにしても決勝はセットが素晴らしかったですね。
ルート内容も良かったですが、選手に与える緊張感と力の引き出し方が絶妙でした。
また女子で野口選手と森選手が同高度でしたが、それ以外は全員高度がバラけたのも匠の技だったように思えます。
自身の反省
そして本題に入る前に自分の反省。
僕は予選・準決勝でもYoutubeで実況解説をさせていただいたのですが、2点ほどルールの説明に関して混乱がありました。
カウントバックの適用
1つは「カウントバック」に関して。
クライミングコンペにおいてあるラウンドで同順位であった場合、前ラウンドの成績に戻って順位付けをすることをカウントバックと言います。
僕は何を混乱したのか準決勝中に
“今回は予選が2グループに分かれているのでカウントバックはないです”
と発言してしまいました。
もちろん今回のLJCは(男女は別として)全選手が予選で同じ2つのルートをやっているので、2つのグループには分かれているとは見なしません。
なので準決勝で同順位ならば予選成績のカウントバックが適用されるのです。
(世界選手権で大人数の時など予選で2グループがそれぞれ異なる2ルート、つまり計4ルート準備される、ときは予選成績のカウントバックは無し)
放送中に訂正できましたがこれは解説者として、というかミキペディアとして痛い間違えでした。
すみません。
パフォーマンス差の高度への反映
もう1つはこの後に書くこととも関係し、更にTwitterでつぶやいていただけなのですが、「パフォーマンスの差が高度に反映されるのか」というルールで勘違いをしていた箇所があります。
女子決勝で森選手と野口選手の競技が終わり、共に「40+」の高度が与えられました。
そして実は野口選手が競技を終えた瞬間は(ジャッジシステム上のタイムラグもしくは判断ラグなのかもしれませんが)40という高度が与えられていたのですが、その後40+になりました。
これを受けてなぜか自分の中で、「これはもしかするとジャッジ判断で2選手の高度が分かれるかもしれない」と考え、それをほのめかすようなツイートをしてしまいました。
ですが、原則として現在では抗議等がなければジャッジが高度を覆すことはおそらくないです。
というのも2013年以前のIFSCルールには
6.4.5 選手のその明らかに差違のあるパフォーマンスを区分するための、各ホールドの保持と使用の境界の決定は、IFSC ジャッジの裁量による。
という文言があり、選手のパフォーマンスによって保持や使用(use 、つまり「+」)の判定で差を付ける裁量がジャッジにあるとされていたのです。
しかし2014年以降はこの文面は消え、例えば2018年のIFSCルールでは名残として
6.4.5 [適用せず]
が残るのみとなっています。
つまり例えば2名の選手が
・明確に飛び出して次のホールドを掴みかけていた
・次のホールドへ重心移動を伴って飛び出したが全然届いていなかった
とパフォーマンスが分かれたとしてもそれはどちらも使用「+」判定となり、同成績として扱われるのです。
高度が+(プラス)となる状況
前置きというか違う話題がかなり多くなりましたが、いよいよ本題!
今回の男女決勝で起こった状況で、高度の判定基準を考えるのにとても適した例があったので取り上げてみます。
ちなみに私はジャッジではないので推論が入ります。
むしろジャッジで詳しい方がいればコメントいただけると嬉しいです。
+が与えられる「使用」(use)とは
リードクライミングの成績はどの高度まで到達したかで決まりますが、単にあるホールドを保持しただけでなく「使用」(use)すると高度の+(プラス)が付きより高い順位となります。
まずどういった状況だとuseが認められるかを把握するために、2019年IFSCルールを見てみましょう。(日本語版、原文)
Use(ユーズ/使用)は,判定と順位付について用いられ,選手がホールドを使用して以下の結果となる事を言う:
(a) 身体の重心または臀部が前進した;かつ
(b) 片手,もしくは両手を次の方向に動かした:
(1) 進行方向に沿った次のハンドホールド;または
(2) それ以外の,進行方向上のより遠くに位置するハンドホールドで,同じハンドホールドから
他の選手によってコントロールされたことのあるハンドホールド
つまり、基本的な判断としては「重心が前進」かつ「次のホールドへ手が向かった」がおこなわれたかどうかが+が与えられる判断基準となると言えるでしょう。
身体が制御されていないダイナミックムーブでも+は与えられるのか
今回の男子決勝で中間部の黒ハリボテ2つにダブルダイノさせる設定のムーブがありました。
<選手の少し上の黒ボテ2つ。写真で登っている楢崎明智選手はダイノしませんが。笑>
この黒ボテはおそらく右に26、左に27という高度が与えられているのですが、このダブルダイノで失敗した西田選手と田中選手の高度がそれぞれ26+と25+と差が出ていることについてTwitterなどで僕の周りで議論が起こりました。
<決勝の西田選手の動画>
<決勝の田中選手の動画>
・西田選手は右のボテに右手から入って、少し身体が振られて左のボテを叩いて落ちた
・田中選手は両手で両ボテにほぼ同時ダブルダイノで入って叩いて落ちた
という登り方/落ち方の差がありました。
これは西田選手は右の黒ボテを触って身体が制御できずにダイナミックムーブになったものの「重心を移動させ」左のボテという「次のホールドへ向かった」ことが認められて26+、一方で田中選手は同時に叩いたので左ボテを触ったという意味では西田選手とは同じだが、26となる右ボテを使った「重心移動」は認められなかったため25+、と判断されたのだと思います。
つまり身体が制御されていない一連のダイナミックムーブの途中であっても「重心が前進」かつ「次のホールドへ手が向かった」 という動作があれば、使用が認められ+が付くと考えるのが妥当ではないでしょうか。
2018年の日本選手権男子決勝で中上選手が同様の動きをして+が認めれれた動画が参考になるかもしれません。
<2018年の日本選手権>
ただこれに対して3点の疑問が沸きます。
1点目はTwitterでも指摘されましたが、「連続コーディネーションの様に次々に手を出したら最終前ホールドの+になるのか」という疑問です。
これに関しても 「重心が前進」かつ「次のホールドへ手が向かった」 という動作があれば認めざるを得ないと思います。
ただしレジティメイトポジションを外れた場合、例えば未クリップのクイックドローに手が届かない範囲まで身体が過ぎてしまうような高度まで進むムーブであれば、それはルール上高度として認められないことは注意です。
Legitimaste Position(レジティメイト・ポジション)とは,リード競技で用いる場合,選手がそのル
ートをアテンプト中に以下の状態でないことを言う:
(a) 人為的補助手段を用いていない;
(b) 予め取付けられた中間確保支点に順番にクリップしている;
(c) 次の中間確保支点にクリップしていない時,選手が次の状態にある:
(1) チーフ・ルートセッターの設定した,安全性を保証する最後のホールドに達していない,ま
たはそのホールドを通過しようとする何らかの登る動作を行っていない;
(2) チーフ・ルートセッターが当該の中間確保支点にクリップ可能であると判断した最後のハ
ンドホールドを,両手とも通過していない.
2点目は2018年以前のIFSCルールの注釈にも書かれていましたが、そもそも設定が重心移動を伴わないムーブであるケースをどう判断するか。
例えば身体の位置は固定したまま手だけを次のホールドへ移動する(マッチなどがわかりやすい)時に落ちたら、重心移動はしていないので+は付かないのか、という疑問です。
最後は2019年からボルダーを含めて保持の解釈自体が変わっているのかという点です。
保持の項目にはこう書いてあります。
Control(コントロール/保持)は,判定と順位付について用いられ,選手が以下のことをおこなう事を言う:
(a) 安定した体勢を獲得している;
(b) 何らかのダイナミック・ムーブを成功させた;あるいは
(c) “Use”とは認められない何らかの登る動作をおこなった,
これはつまり保持(control)は使用(use)の必要条件と解釈して良いのでしょうか。
そう解釈してしまうと、例えば今回の男子決勝の黒ボテへのダブルダイノがボルダーで課題として出て、かつ右の26のボテがゾーンだった場合、西田選手はゾーンを保持したと見なされゾーン獲得となるのでしょうか?
2019年の各種目のルールを読んでも、ボルダーでも「選手がゾーン・ホールドを保持(Control)または使用(Use)したか 」でゾーンが付くと書いてあります。
現実的にはそのような紛らわしいホールドにゾーンは付かないとは思いますがあり得るケースだとは思います。
僕は以前もブログに書いたようにControlには他の手足を動かせるくらい制御された体勢を取ることが必要だと思っていたので、ここは認識の違いが気になります。
※追記※
よく読むと、(a),(b),(c)はどれかを満たせばControlではなく、
「(a)」かつ「(b) or (c)」を満たしたらControlという意味ですね。
なので(a)が絶対条件に入っている以上、これまでどおり安定した体勢とならなければControlは認められない。
つまり保持は使用の必要条件ではないということでしょうかね。
使用が認められても、保持が認められないケースがあるのか。
ここに関して、追加記事を書きました
※追記終わり※
<以前の保持ルールに関するブログ>
「次のホールドへ手が向かった」の解釈
だいぶ長くなりましたが、女子決勝からもう1テーマ。
野口選手と森選手がともに40+という高度となりましたが、実はその最終ムーブは両者で差がありました。
まず最終局面、とてもわかりづらいのですがカンテに高度41のホールドが付いています。
(広告の右上、壁の継ぎ目あたり)
<決勝の森選手の動画>
<決勝の野口選手の動画>
両選手ともこの前のホールドの使用で40+という成績なのですが、
・森選手は(見る限りは)41のカンテホールドを無視してゴールに飛び付こうとした
・野口選手は41のカンテホールドへ向かった
という差がありました。
まずどちらの選手も40のホールドから「重心移動」かつ「次のホールドへ手が向かっていた」ことは間違いありません。
「野口選手の動きは+となるのか?」と疑問に思った方もいたようですが、これは明らかな+でしょう。
むしろ、先ほど引用した+となる条件として手が向かう先として定義されている
(1) 進行方向に沿った次のハンドホールド;または
(2) それ以外の,進行方向上のより遠くに位置するハンドホールドで,同じハンドホールドから
他の選手によってコントロールされたことのあるハンドホールド
に照らし合わせると、一気にゴールへ向かった森選手に+が付くのはルール解釈上正しいのか、という疑問が沸きます。
(2)はわかりづりらいのですが、この場面に適用するなら「もし40からカンテの41を使わないで一気に終了点の42を取って保持できた選手がいたなら、それを試みるムーブに40+を与えるよ」ということです。
なのでもし森選手のムーブが40から終了点42へ向かった一手だったとしたら、そのムーブを成功させた選手はいなかったので、額面通りにルールを解釈すれば+は付かないとなると思います。
しかしこれはとてもやっかいな問題です。
なぜなら森選手がカンテの41と終了点の42のどちらに手を出していたかを一体どうやって正しく判断ればよいのでしょうか?
ホールドにタッチしなくても良いので、どちらに向かったのかは難しいことも多いと思います。
また今回のケースでは森選手は(41を見落としていないならば)出ようと思えばカンテの41の方向に手を出すことだけはできたはずなので、どちらに向かったかをもってして野口選手との優劣をつけるのもスポーツ的におかしいとも感じます。
ただ森選手が40でも40+でも勝敗には関係しないので、ことさら騒ぎ立てることではないのですがね。
単純にルール解釈が気になります。
と、勢いに任せて書いたらものすごい分量になってしまった、、、。
オリンピックに向けてルールもどんどん変わりますし、また試合数も増え選手の実力も拮抗してきたため重箱の隅をつついたようなこれまではなぁなぁで済んでいたルールが実際に起こったりするので、ジャッジの方は大変ですね。
僕もなるべく正確にルールを把握していきたいです。
ではまた!
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