続・「保持」と「使用」に関するクライミングのIFSCルール
- 2019.03.05
- データ&ルール ボルダリングルール リードクライミングルール 過去の大会データ
昨日のブログの中で話題として触れた、「保持」(Control)と「使用」(Use)に関するIFSCルールについてもう少し深く突っ込んでみます。
具体的には以下の2つの論点を考えます。
・「保持」は「使用」の必要条件か。つまりあるホールドを「使用」したならば、必ず「保持」もしたと見なされるのか
・ボルダーとリードで「保持」と「使用」の判定基準は同一か。同一ならばボルダーにおいてその基準は昨年までとずれていないか
<前回記事>
再び、「保持」と「使用」の定義
もう一度「保持」と「使用」の定義を確認しておきます。
保持(Control)
保持(Control)の定義は、2019年のIFSCルールにはこう書いてあります。
(日本語版、原文)
「Control(コントロール/保持)は,判定と順位付について用いられ,選手が以下のことをおこなう事を言う:
(a) 安定した体勢を獲得している;
(b) 何らかのダイナミック・ムーブを成功させた;あるいは
(c) “Use”とは認められない何らかの登る動作をおこなった」
上記の(a)は必ず満たさなければいけない条件で、その上で「(b)か(c)のどちらか」を満たさなければいけない、と読めます。
(c)は以前にもブログに書いたように、ホールドをただ触っただけでは保持は認めず他の手足を動かせる程度に身体の自由が効いた体勢をとって初めて保持を認めるということです。
例えばハリボテなどの端をただ触るだけでなく、有効な動きにつなげる体勢に入る必要があります。
ただし使用(Use)ほど明確に「重心の移動」と「次のホールドへ手が向かうこと」は要らないということでしょうか。
<保持の記事>
しかし (b)の解釈は少し難しいです。
まずダイナミックムーブの取り先のホールドの話なのか、ダイナミックムーブを起こすためのホールドの話なのかがややこしいです。
起こすためのホールドの話ならばこれはまさに前の記事で触れた、第32回LJC男子決勝の黒ボテ2つへのダブルダイノのような場合を想定していると思われます。
<男子決勝のダブルダイノ>
時間差ダブルダイノ的にの右黒(高度26)から左黒(高度27)をパンパンッと止めても、右黒を使ってダイナミックムーブを成功させたので高度26を認めるということですね。
しかし左黒が止まった時点で、(a)と(c)を満たしているのでわざわざ(b)を入れる必要がないです。
とすると、ダイナミックムーブの取り先のホールドの話なのでしょうか。
原文でも”successfully brake any dynamic movement”と書いてあり、brakeとはブレーキのこと、つまり文字通り身体を止めるために使ったホールドとも解釈できます。
この場合、上の例に照らし合わせると左黒でダイナミックムーブを止めたので、そこで全く動くことができなくても(a)の安定した体勢さえ満たせば、27が認められるということでしょうかね。
<上の2つの黒ボテに右→左と時間差ダブルダイノで入る例を主に考える>
使用(Use)
使用(Use)に関しては、昨日の記事である程度細かく述べたので特段の追加はないです。
一応再びルールを載せておくと
「Use(ユーズ/使用)は,判定と順位付について用いられ,選手がホールドを使用して以下の結果となる事を言う:
(a) 身体の重心または臀部が前進した;かつ
(b) 片手,もしくは両手を次の方向に動かした:
(1) 進行方向に沿った次のハンドホールド;または
(2) それ以外の,進行方向上のより遠くに位置するハンドホールドで,同じハンドホールドから
他の選手によってコントロールされたことのあるハンドホールド」
と定義されています。
要は 「重心が前進」かつ「次のホールドへ手が向かった」 ことが認められれば使用と判定されます。
保持と使用の関係
さて本題の1つに入ります。
上で定義された「保持」と「使用」はどのような包括関係にあるのかが気になります。
2通りの解釈
通常、選手や観戦者としての感覚だとリードクライミングならば保持によってノーマルが与えられて、使用よってに+(プラス)が与えられるので、使用したなら必ず保持もした、つまり「保持」は「使用」の必要条件であると解釈するのが自然です。
言葉を変えると「保持」は「使用」の上位概念であるともいえます。
(僕も前回記事で混乱したのですが、上位、下位、の使い方が気持ち悪いですね。
成績的には「使用」が+で上位にくるのですが、論理学的には「保持」が上位概念です。
例えば「人間」は「日本人」の上位概念ですね。)
しかし使用の定義には保持することという文言はありません。
再び上で書いた第32回LJC男子決勝の日本選手権の例ですが、西田選手がダブルダイノで右黒を叩いて身体を振り左黒は捉えられず落ちてしまった際、右黒の使用は認められました。
しかし、これは安定体勢は取れてないと(少なくとも僕は)判断するので、保持の条件である(a)を満たせず、保持はしていなかったが使用はした状態とみなせると思います。
とすると保持と使用は「並列概念」(とここで名付けます)となり、必要条件でも十分条件でもない関係となるのです。
つまり、並列概念解釈では
・保持も使用もしていない
・保持をしても使用していない
・使用しても保持をしていない
・保持も使用もあった
の4つのパターン全てを取りえます。
解釈の違いで何が起きるか
この解釈は単に用語の定義を整理するというだけでなく、解釈の違いによって成績が変わるケースがおそらくあります。
また同じシチュエーションを考えますが、例えば未クリップクイックドローがかなり下にあって右黒ボテがレジティメイトポジション内(反則していない高度や体勢)で触ることができる最後のホールドだったとしましょう。(設定ムーブ上ありえないですが、あくまで仮定)
レジティメイトポジションのルールの1つに
「(レジティメイトポジションは次のことを言う)次の中間確保支点にクリップしていない時,選手が次の状態にある:
(1) チーフ・ルートセッターの設定した,安全性を保証する最後のホールドに達していない,またはそのホールドを通過しようとする何らかの登る動作を行っていない」
とあるので、この右黒ボテからムーブを起こしたらそれはレジティメイトポジションを外れたことになるので、それ以上の高度は認められない、つまり26+は付かないことになります。
この際、もし「保持が使用の上位概念」である場合には、時間差ダブルダイノで右黒26を使用した時点で保持も必ず認められるのですから、その選手には26という成績が付くはずです。
一方で「並列概念」であった場合は、時間差ダブルで落ちているので右黒ボテの26は使用はしたが保持はしていないということになり、25+になるのが妥当でしょう。
なのでここの包括関係の区別は重要なのです。
リードとボルダーで保持と使用の基準は異なるか
本題のもう1つ。
ここまでの議論はボルダーとリードで判定基準が同じなのでしょうか、それとも異なるのでしょうか。
IFSCルール上では保持や使用という言葉は種目によって使い分けられてはいないので同じと考えるのが自然です。
これまで散々議論した上の時間差ダブルダイノの例がボルダー課題だったとしましょう。
すると右の黒ボテは使用(並列概念解釈)もしくは「保持かつ使用」(上位下位概念解釈)と判定されるのが妥当です。
しかしもし右黒ボテがゾーンであれば、以下のボルダーのルールから、ゾーンが認められることになります。
「ゾーン・ホールドを保持(Controlled)または使用(Used)した(を成績判定に使う)」
もちろん現実的にはこんなやっかいな位置にあるホールドをゾーンに設定はしないので、あくまで仮定ですが、起こりえないシチュエーションではありません。
これはルール通りにゾーン獲得と解釈されるのでしょうか。
明らかに選手の感覚や昨年までのルールでは、このように時間差ダブル的に飛びついて次のホールドキャッチを失敗した場合はゾーンとしていなかった(と思われる)ので、もしこれがゾーン獲得となるならば大きな変更だと思います。
公式戦でない草コンペではIFSCルールに則る必要はないですが、多くの場合IFSCルールをいずれ踏襲する流れにあるのでこのゾーン問題は多くの人に関係するでしょう。
結構マニアックに突っ込みましたが以上です。
書いていると次から次に気になることが出るのと、2019年でだいぶルールが変わっているので、長くなりました。
ルールは今後もめまぐるしく変わりそうなので、常にウォッチしていきたいですね。
ではでは。
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