ヤマケイ登山学校『フリークライミング』の感想 網羅的かつトラッド・マルチの取っ掛かりに良い1冊

ヤマケイ登山学校『フリークライミング』の感想 網羅的かつトラッド・マルチの取っ掛かりに良い1冊

先日、山と渓谷社からヤマケイ登山学校シリーズとして『フリークライミング』が出版されました。
2005年に出版され僕が初心者のころ熟読した同タイトル『フリークライミング』の14年ぶりの改訂版ということで、個人的には期待が高まっていた1冊。
早速購入して一通り読んでみたのでその感想を書きますね。

<『フリークライミング』>

 
 

網羅性に優れる

まず概要と特徴を述べると、タイトル通りフリークライミング全般のことが網羅的にまとまっています。
章立ては

1. 基本編
2. 用具編
3. 技術編
4. ムーブ編
5. クラック編
6. マルチピッチ編
7. ボルダリング編

となっていて、フリークライミングとは何かという話から始まり、ギアやムーブの辞書的な解説から実践的なマルチピッチの作法まで一通り書かれています。
ですので初心者が最初に手にとってもスムーズに内容を理解できる構成であるでしょう。

 
 

トラッド・マルチピッチの取っ掛かりに良い

上で網羅的とは述べましたが、とはいえヤマケイ登山学校シリーズなのでクラック編とマルチピッチ編に手厚い内容となっています。
全143ページ中、クラック編が50ページ、マルチピッチ編が26ページとこの2章だけで半分以上。
ちなみになんとボルダリング編は10ページだけと、このボルダリングブームの時代に迎合しないスタイル!

そしてクラックのホールディングやカムデバイスに関しても結構深めに突っ込んでいます。
リービテーションだけで、この3つを紹介。
この2年半くらいでリービテーション1回くらいしか僕やったことないのだが、、、。

カムもメーカー別に写真とともに特徴などにも触れています。


そして最も良いと感じた点は、「あまりに辞書的にはなりすぎず、始めたばかりのころのクライマーが知りたい事項が載っていて痒いところに手が届いている」というところですかね。
例えば僕は当初、”グリグリでリードのビレイするのよくわからんな、、、”と感じていましたが、グリグリでのロープの素早い繰り出し方がイラストで載っています。


またマルチを始めた頃に、”ロープを2本連結するのにベストな結びって一体何なんだ”と感じていろいろ調べた記憶がありますが、本書には

長年の紆余曲折を経て、ラペル連結に最も有効とされているのが、フラットオーバーハンドベンドだ。

と明確に言い切って書かれています。


僕が知る限りフリークライミングのロープワークや技術・作法に最も詳しい本は日本語で書かれたものでは『イラストクライミング』で、これは辞書的に立ち戻る際に今でもかなり参考になります。
ほかにも『大人の山岳部』などはだいぶ読み物的ですが、フリークライミングというよりは少しバリエーション登山やアルパインよりの内容で、マルチとかビッグウォールでわからないことがあったらたまに調べるために読んだりします。

それに対して『フリークライミング』は、ネットなどの情報ではクラックのホールディングもカムのこともよくわからないけれど上記のような少しハードル高めの本はいきなりどう読めばよいかわからないという方のギャップを埋めるのに最適でしょうか。

ただ当然ですが、もちろん本書を鵜呑みにするのではなく、様々な情報を自分できちんと判断したり、ケースによってやり方を使い分ける必要はあります。
初心者は本からだけでなく経験者と同行して技術を学んだ方がよいでしょう。
しかし少なくとも初心者~中級者が、というか僕も含めて、読んでおいて損はない一冊だとは感じます。

<『イラストクライミング』>

<『大人の山岳部』>

 
 

2005年版との違い

一応位置付けとしては2005年版の『フリークライミング』の改訂版なのですが、読んでみると結構内容は違いますね。
2005年版はクラック・マルチピッチの記述がもう少し薄い分、開拓のこと、トレーニングのこと、コンペのこと、などより網羅的にフリークライミングが書かれた本でした。
しかし今回の改訂版は岩場でのフリークライミングを実践することにより特化していると言えますね。

1つ個人的に残念だったのは、「ハードコア人体実験室」の故・新井裕己氏によって書かれたトレーニング理論が載っていないことでしょうかね。
あれは今読んでもかなり参考になる部分が大きいと思います。
まぁしかし今のクライミング界にあれだけの体系だった理論を自分の中で構築して、さらに文才も兼ね備えている人は不在なので仕方がないところでしょうか。

なので是非両方買ったほうが良いです!

<『フリークライミング』2005年版>

 
 

端々に散りばめられた北山・杉野テイストを楽しむ

最後に楽しみ方の1つ(というかクライマー的には最も楽しむポイント)としては、客観的な記述がメインの技術書という中にも北山真氏と杉野保氏の思想が散りばめられているので、そこを読み取るという点でしょうかね。

例をいくつか挙げると、例えば中盤ではスティッククリップ(プリクリップ)のやり方が結構丁寧目に書かれているにも関わらず、冒頭の「守りたいルール、モラル、マナー」はいきなり「初登の尊重」で始まり

完登は初登者と同じ、もしくは優れたスタイルでなされなければならない、という大原則がある。
つまり1本目のボルトにプリクリップした状態から登るのは、そのルートが初登されたときに、プリクリップであった場合のみ許されるということである。
つまり初登者はプリクリップしたのであれば、発表時にその旨を明記しなければいけない。

という安定のお言葉。

またジャミンググローブのところも

たしかに擦り傷防止という観点からはテーピング同様に役に立つものだが、フリークライミングちう行為における道具としての機能が、少々度を越してしまっているように感じる。
つまり、ジャミングの種類によっては、あまりにも人工的に効いてしまうのだ。
皮膚と岩肌の間に介在するものとして許されるのはチョークとテーピングだけ。
これはフリークライミング創世記からの暗黙の了解のひとつである。

という攻めた文章も。
何か著者2人の葛藤すら滲み出ているぞ。

ボルダリング編も少ないページ数ながら「いかに登るか」というスタイルの話から始まり、具体的なテクニックではなくかなり思想的な話に踏み込んだ文章なので読むと面白いと思います。

でもクライミング本はこうでなくちゃね。

とこんな感じですかね。
僕もまだ読み込めていない箇所が多いのでもう少し精読してみます。
ではでは。