チッピングからクライミングの課題を守るには

チッピングからクライミングの課題を守るには

2018年12月24日夕方~25日早朝にかけて御岳の忍者岩およびデッドエンドの岩がチッピングされた可能性がある。
チッピングとは人為的に岩を削る行為であり、特に既成のクライミング課題に対してチッピングをすることは現在のクライミング文化においては絶対的なタブーとされている。
忍者岩は日本のボルダリンググレードの基準である「忍者返し」(1級)がある日本のボルダリングのシンボルとも言える岩であることもあり今回の件は反響が大きい。

この記事ではチッピングから我々クライマー全体の財産の根源である岩を守るにはどうすればよいのかを考えてみる。




本記事の前提、及び対象とする内容

本記事では 基本的には「既成のクライミング課題に対するチッピングは容認しない」というスタンスを取って議論を進める。
また、対象とする内容は「チッピングからクライミング課題が存在する岩を守るにはどうすればよいのか。その方法をなるべく網羅的に考える」というものに限定する。

チッピングそれ自体と今回の御岳の件に関しては
・そもそもチッピングはなぜダメなのか
・例えば新規開拓時ならチッピングが許される場合はあるのか
・今回の御岳の件はチッピングと断定できるのか
・だとした場合犯人はクライマーなのか、そうではないのか
・クライマーだとした場合その意図は何か
・チッピングされた課題を登ることの是非
などなど論点は尽きない。
しかしあまりに論点を広げ過ぎると議論の焦点がぼやけてしまう。

さらに私は今回の件の後自分の目で忍者返しとデッドエンドを見たが、近年御岳に通っていなかったこともありチッピングされたと言われている岩に対して、明らかに以前と変化した部分は認識できたが、言及されている箇所全てに対しては正確にどの範囲がどの程度変化したのか、それは自然変化ではありえないレベルなのか、などを自信を持って判断できない。
そのため本記事では今回の御岳の件に限らず、上の前提の元に一般論として「チッピングからクライミングの課題を守る方法」のみを考えたい。

それらの方法に対して
・本当に実現できるのか
・予算は
・誰がやるのか
・デメリットはどうするか
などなど突っ込みどころはあると思うが、まずはチッピングからクライミングの課題を守る方法を網羅的に挙げる。


チッピングを実行するステップ

とても基本的なことであるがチッピングを実行する場合、犯人(チッピングをする人を犯人と以下呼ぶ) は
「チッピングをしたいと思う」→「(計画して)行動におこす」→「チッピングを実際におこなう」
というようなステップを踏むはずだ。
衝動的な犯行、そそのかされての犯行、などは今は考えない。

つまりこの各段階でそれぞれ何かしらの対策を打てば良いということになる。



思わせない

第一の対策は、そもそも”チッピングをしよう”と犯人(チッピングをする人を犯人と以下呼ぶ)予備軍に”思わせない”ような予防という方法。


「チッピングはダメ」を伝える啓蒙活動

その意味では既に広く行われていることではあるが
・多くのクライマーがSNS等で「チッピングはダメ!」と発信する
・チッピングが如何に文化の破壊に繋がるかを雑誌やブログ等で記事にする
・チッピングが悪質であることをクライミングジム等で周知する
等々の啓蒙活動は効果的ではある。

実際にクライミングを嗜んでいる人の中にもそもそもチッピングという言葉の意味を知らない人もいるし、なぜいけないのかイマイチわかっていない人もいるはずだ。
そういった初心者に近いクライマーに向けてチッピングがクライミング文化を毀損する行為であること、クライマーの目標を奪う卑劣な行為であること、クライミング界全体の利益を損なう行為であることを伝えることは意味があるだろう。

非クライマーとの円滑なコミュニケーション

一方で犯人がクライマーでない可能性も考慮しなければならない。
その場合はいくらクライマーに対して「チッピングはダメ」と啓蒙しても効果は薄い。
実際過去には、クライマーでない人がクライミング課題の破壊行為をしたとされる例もあると思う。
例えばクライマーが釣り人や周辺住民と何かしらのトラブルを起こし、それに腹を立てた人がクライマーへの報復活動としてチッピングをするということも十分考えられる。
つまりクライマーでない人達とトラブルを起こさず、我々がしているクライミングという一見奇妙な行為を理解してもらうこともチッピングの予防に繋がるのではないか。
例えば岩場にゴミを残さないこと、周辺住民にきちんとあいさつをすること、釣り人の邪魔をしないことなども、広い目で見ればチッピングを減らしているとも言える。

犯行の動機の深掘り

ただこれまで報告された多くのチッピング被害において犯人が特定されることは稀だ。
少なくとも公表された例は多くはない。
つまり我々は
・犯人がクライマーなのか、非クライマーなのか、
・クライマーだとしたらそのチッピングは課題を簡単にするためなのか、破壊行為なのか
・なぜ破壊行為に及んだのか
などなどの動機が全く分からないことがほとんどだ。
明らかに課題を簡単にする意図を持って行われるチッピングに対しては、クライミングジムなどで「自然のままの課題を登ることの尊さ」を説けばチッピング件数は減るかもしれない。
しかし例えばチッピングに関する歴史的背景等を十分に理解しているクライマーによる破壊的な犯行かつ完全な愉快犯に対してはともするとSNSで騒ぐことが逆効果に繋がる可能性すらある。
そして手掛かりが乏しいにも関わらず犯行の動機を推測することはとても困難だ。
今回の件も本当にクライマーがやったのかすらわからず、全ては推測の域を出ていない。
なので私としては行き過ぎた勝手な犯人像の推測によってクライマー同士に不要な行動規制が発生しているようにも見える。
よってまずはチッピングの犯人を特定し捕まえ(法的にできるのか微妙だが)犯行の動機などをしかるべき手段によって深掘ることはチッピング予防という観点から大いに意味があることではないか。
犯人の特定も難しいことだし冤罪の可能性も考えると気が進むことではなく慎重さが必要だけれど。



行動させない

性善説には限界がある。
どんなに「人を殺すことはダメ」と道徳教育をしても殺人は0件にはならない。
同様にチッピングがダメであることを啓蒙し、非クライマーとも円滑なコミュニケーションをして、犯人の動機を完全に分析しても、チッピングをする人は必ず現れる。
犯人なりの信念を持ってチッピングという行動を起こそうと決めている人に対して「チッピングはダメ!絶対!」と闇雲に叫んだところでおそらく効果は薄い。
するともはや何らかの手段でチッピングという行動それ自体を抑止する方法を考えなくてはならないだろう。
ここからはジャストアイディアだし、できるなら以下に述べるような息苦しい対策は私も立てたくはないが本当にチッピングを防止するなら検討は避けられないのかもしれない。

監視カメラの設置

ぱっと思いつくのは監視カメラの設置。
全ての岩に対して設置することは無理だが、主要な岩に対してカメラを設置し作動させることは可能ではある。
犯人がカメラを破壊したり停止したりできないならば、監視されている岩に対してチッピングをすることは躊躇するだろう。
もちろんデメリットも
・カメラ設置の費用
・景観を損なう
・監視によるクライミングの冒険的要素の欠如
・プライバシーの問題
など色々とあると思う。
だが自分の愛する岩がチッピングの脅威にさらされることと、これらのデメリットとを天秤にかける日が来るのかもしれない。

岩場への入場者管理

岩場への入場者を管理できるような形にするのも良いかもしれない。
現状の小川山の駐車場のように必ずゲートのある入口を通らざるを得ないような構造にして、必要であれば誰が入退場したのか情報を管理する。
さらに、あまり想像したくない未来だが、手荷物チェックなどをすればよりチッピングの犯行は難しくなるだろう。
もちろんエリア全体を抜け道なく囲い込むことは困難だし、持ち物チェックしたところで何らかの道具でチッピングはできるかもしれないが、抑止力に多少はなるはずだ。

法的な抑止力

チッピングはクライミング文化の中では否定される行為ではあるが、日本の法律で明確に禁止されているわけではない。
前例となる判例が無い、と言う方が正しいだろうか。
なので例えば我々がチッピングの犯行を見つけても現行犯逮捕はおそらくできないし、犯人を訴えて法の裁きを受けてもらうことも現状は難しい。
しかしそこに対して宗宮誠祐さんなどは「チッピングは民法や刑法の違反である」可能性を唱えている。
私は法律に明るくないので正しくは『Rock&Snow』などの宗宮さんの記事を読んでほしいが、
・クライミングの課題を著作物だと見なして著作権侵害と見なす
・岩が誰かの所有物であった場合に器物破損だと見なす
・(直接的にチッピングの犯罪ではないが)岩場が私有地であった場合に不法侵入と見なす
などの対処が可能かもしれない。

もしチッピングは法律違反と見なす判例が出たとしても構わず犯人はチッピングをしてくる可能性もあるが、少なくとも抑止力になり得るし場合によっては警察も動いてくれるかもしれない。
それに我々がチッピングを堂々と否定する根拠が増えることは心強い。


チッピングが実行された後の対処

しかし結局のところどんな手立てを打ってもチッピングは起こるだろう。
だとするならば、チッピングが実行された後になにか対処はできないのか。

復元する

少し夢物語だけれど、チッピングされた岩を何らかのテクノロジーを使い復元することは原理的には可能なはずだ。
例えば主要な岩の3D写真データと岩質データを記録しておけば、もしチッピングされた場合でも3Dプリンタなどの技術で復元することは現在の技術でも(おそらく)できるだろう。
もちろん現実的には費用や手間に加えて、「復元された岩は果たして元の岩と同じなのか」というテセウスの船的な哲学的な問いは生じるし、それを登りたがらないクライマーは多いだろう。
ただ芸術品や世界遺産に対して復元という行為は日常的にされていることである。
もしテクノロジーによって岩の復元が可能になった場合、我々はどのような判断をするだろうか。



終わりに

とまぁこんな感じで思いつくままに書いてみた。
もしその他の方法が思いつく方がいたら教えて欲しい。
そしてチッピングからクライミングを守るために、私に出来ることがあれば是非行動を起こしていきたい。



参考記事

忍者岩とデッドエンドの岩のチッピング概要記事


今回のチッピングの概要が載っている「CLIMBING-net」の記事。

https://www.climbing-net.com/news/mitake_181227/


「雪山大好きっ娘。+」の記事。

http://yukiyama.co.jp/mountain/2018/12/mitake-chipping.php



チッピングの整理・分類

以前下呂の「那由多」がチッピング被害を受けたとされた際に書いた記事。
早とちりして少し解釈が間違えている箇所もあるが、チッピングを整理・分類しているので参考までに。



チッピングに対する法的見地

『Rock&Snow 072』に宗宮誠祐さんの「チッピングは犯罪か」が載っている。