「強くなる」と「目標課題を登る」のジレンマ
少し期間が空いたけれど、「繋がる感」と「ムーブ変更」に続いて最近の気づき第3弾。
おそらく一旦これで最後。
自分にとって限界に近い難しいルートを登るときに、「総合的に強くなること」と「目標課題に没入すること」のジレンマを、トレーニングや体重管理などの観点から書いてみる。
トレーニング一般論
まずは前提として、簡単に一般的なクライミングのトレーニングについて触れておく。
目標に向けて時期ごとにトレーニング内容を変える
クライミングのトレーニングには色々あり、僕はそこまでしっかりやっているわけではないが所謂ピリオダイゼーション(期分け)を意識している。
例えば僕ならばコンペやボルダーシーズンにピークを持っていくため(ピーキング)に3,4ヶ月くらい前から、1ヶ月くらいのサイクルで
・低負荷登り込みの時期
・筋トレも交えた筋肥大の時期
・最大限に難しい1手を追求する時期
・課題として困難なものをいくつか登り切る時期
のように内容を変えていくなどをする。
このあたりは何度かブログ内で触れているが、詳しい内容は『クライマーズ・バイブル』にまとまっているので興味がある方は是非目を通して欲しい。(この記事で紹介する文献は記事末尾にまとめています)
またこちらも何度も紹介しているが『Rock&Snow』で以前連載していた安間佐千さんの「我が道を行く」も彼の具体的なトレーニング体験と共に書かれていて非常に良い。
基本的に僕はこのあたりに載っているピリオダイゼーションを、自分なりに無理なく楽しく持続できる形で真似している。
<クライマーズ・バイブルのピリオダイゼーションの概要図>
<ロクスノ047から続く安間さん連載。トレーニング概要>
ピークに向けて体重を緩やかに落とす
クライマーの体重がどうあるべきかに関しては、
・目標課題のタイプ(ボディ系、指先系、強傾斜、スラブ、etc)
・コンペなのか岩なのか
・クライマーの現在の脂肪量、骨格、体質、年齢
など個々人で状況が違うので一概には言えない。
また、私は医療関係者ではないのでここで述べることは医学的根拠のない一クライマーの意見なのだが、体重は基本的にはトレーニング中に増やしピークに向けて緩やかに落としていくと調子が良いと思っている。
『THE ROCK CLIMBER’S TRAINING MANUAL』にも以下のグラフのように、パフォーマンス(赤線)がピークになるにつれて体重(黒点線)は緩やかに落とすと良いとされている。
<ピークに向けてトレーニングや体重をどうするべきか>
具体的にどのくらい体重を落とすと良いのか、逆にどの程度以上落とすとパフォーマンスが下がったり健康的に危ないのか、というのは難しいが個人的には1ヶ月に3kg(僕の体重は約60kgなので5%)落とすとやり過ぎという感覚が経験上得られているのでなるべくその範囲内に収めるようにしている。
上述した安間さんの連載でも筋肥大期に体重を2kg増やし、その後落としていくと書いているのでサイクル中での変動は2kg(彼の体重を50kgとしたら4%)なのでその程度だろう。
ただし、結局は個々人にあったトレーニングを選択すべき
ただ上述したものはあくまで一般的なトレーニングであり、皆に当てはまるものではない。
トップクライマーの中にも上記のピリオダイゼーションではなく、個々人に合ったトレーニングを選択している人も多い。
例えば野口啓代さんは『クライマーズ・バイブル 上巻』において以下のように述べている通り、ピリオダーゼーションはあまりやっていないようである。
(Q :現在のトレーニングを教えてほしい)
以前から変わっていないのだが、ボルダー、リード、長物などを混ぜて登るようにしている。
そのほうが健康的に感じそうしている。
オーストリア式(期をしっかりわけたピリオダーゼーション)は、登れない時期があるので自分には合っていない気がしている。
横山勝丘さんは、2018年頃に10年ぶりにフリークライミングのグレード更新ができたときのトレーニングと体重管理を以下のように述べ、基本的には「良く食べ良く動く」をモットーとしているようだ。
(横山さんはアルパインクライマーのイメージが強い方も多いと思いますが、この時期前後にNinja 5.14aや燈明 5.13d/14aを登るなどフリークライミングももちろん一流です)
午前中、日が当たる前にそこで高難度をやって、午後からマルチの継続に行く。
(略)
だから、グレードを上げたい人もひたすら食って、そのぶんひたすら動いたほうがいいですよって僕は言いたい。
減量とかするよりも、動けば痩せるから。
さらに動けば体力つくでしょ。
体力ついたぶんだけ、またトレーニングできるじゃないですか。
目の前の成果を考えたら減量もありなのかもしれないけど、もっと長期的に捉えて取り組んでもいいんじゃないかなって思ってます。
自分のトレーニングの上手くいった点&反省点
前置きが長くなったけれど、自分の話。
ボルダートレ
まずボルダーに関してはこれまでピリオダイゼーションを何度かしてきた経験もあって、昨シーズンは上手くできた。
夏に持久的な基礎を鍛えた上で、以下の記事に書いたような筋肥大&マックスパワーのキャンパや指トレをこなし、更に体重も60kg程度を維持しつつピークには59kgくらいまで1kgか1.5kg程度を落とすだけで良いパフォーマンスに持って行けた。
これによってその後の反動もなく12月からスポートルートに速やかに移行できた。
<ボルダートレ>
リードトレ
一方で12月~3月のスポートルートのリードに関しては、難しいルートに注力した経験がこれまで少なかったこともあり大いに反省点が多い。
12月に身体がボルダーモードのまま美しき流れ(5.14a)を触り、当然全くできないのだが、その時にとったトレーニングとして、
・目標に近い高強度なリードのみにトライする
・岩場に疲れを残さないように登る
をいきなりやってしまった。
僕の実力が目標課題を上回っていればこれで調子を合わせてすぐに登れたのだろうが、当然そんなはずはない。
「美しき流れに少しでも体力を残しておきたい」
→「ジムではあんまり登らない(少ない時はアップ含めリード5トライとか)」
→「筋肉と持久力落ちる」
→「体重は減るけど強くはならない」
→「美しき流れが登れない」
→・・・
みたいな泥沼にハマっていく。
PUMP2でも前に通っていた時は5.13bまで登れたが、今回は5.13aが1つ登れただけでそれ以上一向に上がっていく感がない。
要は、ベースが出来上がっていないのに「目標課題を登る」ことを優先し過ぎて、「強くなる」ということが疎かになってしまっていた。
こういう状態に陥ってしまうと、できることは
・無理して体重を落とすこと
・徹底的にルートに身体を合わせること
・(一旦目標を諦める)
くらいしかない。
なので最後の方は数年ぶりに体重を57kg台まで落とし、自分の身体を美しき流れにチューニングするために1週間で4回二子山へ行き身体にルートを沁み込ませ、なんとか駆け込みで登ることができた。
しかしここで決めていなかったら体重を落とす余地も無くなって詰んでただろう。(実際に今はその反動で体重は61kg近くまで急に戻り調子は良くない)
本来であればまず12月や1月は所謂ローカルエンデュランスやスタミナトレーニングなど低中負荷で長時間登り込むトレーニングに費やして、そこから2月に強度を上げ、3月にピークを迎えるようにピリオダイゼーションすべきだったのだ。
むしろ以前の自分はリードジムへいったときはシメに必ず中強度の課題を3本×数セットなどやり多い時はトータルで20本近く登っていたので、これが自然とスタミナトレーニング的になり、その後のグレードを押し上げる原動力となっていたのだと思う。
まとめ&その他の気づき
まとめてしまえば、目標課題に向けてしっかり「強くなる」という意識を持って地力を付けるトレーニングから積み上げていきましょう、ということになる。
一方で、このあたり実際にどのようなトレーニングが有効なのか、目標課題と自分との距離感がどれくらいかなどは、理論的に理解しただけでは意味が無くて実際に自分であれこれやってみて初めて腑に落ちる。
なので試行錯誤して勘所を掴んでいくしかない。
そしてどんなにしっかりトレーニングしても、目標ルートを登ることに大苦戦して長期戦になってしまったり、体重を無理して落とさざるを得なくなりその後に反動が来てしまったり、結局は登れないまま何シーズンもトライし続ける、ということは長いクライミング人生では何度かあるだろう。
その意味でトレーニング法と並んで重要なことは、せっかく目標として打ち込むのであれば、他のことが犠牲になったり仮に登れないという結末が来ても後悔しないような課題やルートにするということなのかもしれない。
参考文献など
記事内で紹介した文献などをまとめておきます。
<僕が3,4年前くらいに実際にピーキングをしてコンペに出た時のブログ>
ピリオダーゼーションやピーキングの具体的なトレーニングについて。
<クライマーズ・バイブル。下巻がトレーニング内容。上巻にはクライマーインタビューが豊富>
安間さんの我が道を行く。
ロクスノ047と048がトレーニング概要が載っている。
<ロクスノ047>
<ロクスノ048>
英語の本なので僕自身読み込めていないが、クライマーのトレーニングが網羅的にまとまった本。
<THE ROCK CLIMBER’S TRAINING MANUAL>
横山勝丘さん、小山田大さん、柴沼潤さんなどのトレーニング記事が載っているロクスノ。
<ロクスノ082>
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