ムーブ変更の可能性を捨てない

ムーブ変更の可能性を捨てない

前回の「繋がる感」に続いて、最近の気づき記事の第2弾。
今回はボルダーでも言える話で、
・一度決めたムーブにどこまでこだわるか
・柔軟にムーブの選択肢を探るにはどうすれば良いか

みたいな内容。

 
 


ムーブを変えた途端に登れた経験

美しき流れの核心でムーブを変更したら、「繋がる感」が芽生えたということを書いた。
スポートルートに限らずボルダーでもトラッドでも、今までこだわっていたムーブを変更したら急に完登できた経験をしたことのあるクライマーは多いだろう。

僕自身の例を2つ挙げる。
(以下、課題に関して具体的なムーブに触れるので気になる方は読み飛ばしてください)

 

インドラ

1つ目は瑞牆のボルダーであるインドラ(二段)。
瑞牆を知った頃から憧れの課題であったが、本気で打ち込み始めたのは2018年の春のこと。
そこからトラッドやマルチに行く前に触るなどを続けたが、完登したのは2020年春と2年を要した。
おそらくトライ日数はこの2年間だけでも20日は超えているだろう。
インドラはほぼ3手に集約される課題で、
1. 右3本指ガバ目ポケットを取る
2. 左足をセットして左1.5本指ポケットを取る
3. 右足をセットして右手でガバ目の棚を取る
という構成だ。

僕はずっと、
・1手目の右ガバポケットはバック3で持つ(中薬小)
・次の左足は左手スタートの平らなカチに置く
としていた。
3本指と4本指のホールディング記事でもそのことに触れた)

なぜそのホールディングと足置きにこだわったかというと、(スタイルとして少し恥ずかしいのだが)実はトライ2,3日目の時点でそばにある切り株に乗り初手を取った状態からトライし、上記の方法で登ることができていたからだ。
この成功体験があったためムーブは完全に決まったと思いスタートからトライするのだが、どうしても繋がらずハマりにハマってしまった。

そして完登できた日はいつもと自分自身の感覚が違い、なぜかふと思い立って、
・1手目の右ガバポケットをフロント3で持つ(人中薬)
・次の左足は左手スタートのポケットホールドに置く
に変更してみたところ明らかに、持ち感、乗り込みやすさ、3手目への足変えのし易さに優れていてそのまま完登することができた。

<インドラのインスタ>

 

フリーダム

2つ目は瑞牆のミックスルートであるフリーダム(5.13a)。
フリーダムは大きく、
・ボルトのフェイス
・フィンガークラック
・ボルトのスラブ
の3パートから構成され、全体的に気が抜けないものの最初のフェイスがボルダーグレードで1級~初段程度はあり核心となっている。
ムーブの情報などがほぼなかったこともあるが、フェイスパートのムーブをかなり確率の悪い手に足ムーブで突破しようと僕は考えていた。
ハングドッグをすればムーブは起こせるため自分なりには「繋がる感」もありこのムーブにこだわったが、なんと14日間ほどそこで落とされ続けた。
だが、15日目くらいにたまたま一緒にトライした方が、少し左巻きのライン取りで核心を突破しているのを目撃。
ここまできてムーブを変えることに悩んだが、冷静に見れば左巻きの方がホールドが顕著に繋がっていた。
更にムーブを試してみると、確度が明らかに高い。
そして次に来た時に左巻きムーブで登ることができたものの、結局完登までに16日と最高日数を要したルートになったのだ。

<フリーダム>

 
 

登れないムーブを試し続けたことは、全てが無駄ではない

このようにムーブ変更をした後に急に完登できた場合、
“なんでこのムーブに気づかなかったんだろー、バカだー”
とか
“◯◯日無駄にした!”
と安易に考えることがある。
僕も同様にそう考えてしまうし気持ちはわかるのだが、これは正しくない捉え方だと思う。

 

あるムーブを全力でやったからこそ、それは違うかもと気付ける

まず第一に、基本的には「ある1つのムーブを全力で起こし試したからこそ、最終的にそのムーブでは完登できなそうだということに気付ける」からだ。(当然、オブザベで気付くのがベスト)
よっぽどYou Tubeなどで最適ムーブが周知になっていない限り、クライマーによって完登に至るムーブは多少異なる。
それ故にどのムーブが自分を完登に導いてくれるのは、試してみないとわからないことも多い。
なので、最終的には切り捨てたムーブだとしてもそのムーブを試したことそれ自体価値があるはずなのだ。
「ムーブをチョイスする→全力でムーブを起こす→適切かどうか判断する→もう一度同じムーブを起こす or 変更する」
というサイクルを繰り返し完登に近づいていくわけなので、ある1つのムーブをまずは全力で起こすというのは避けられないステップだと考えられる。
(コンペティターはボルダリングなら5分という非常に短い時間内に上記のサイクルを回し完登するので驚異的である)

 

今の自分にとっては最適なムーブでも、昔の自分には気付けない

もう1点としては、「ある程度その課題をやり込んで身体が順応してきたからこそ、どのムーブが最適か判断できるようになった」とも考えられる。
例えば美しき流れは最後の最後に核心が来るのだが、トライを始めたばかりの自分は核心までのパートでヨレ切っているため核心でどのホールディングが最適なのか判断できる水準に達していなかった。
なので10日目にホールディングを変えて「繋がる感」を得たわけだが、おそらくもっと早い段階でそのホールディングを試しても、”このホールディングは無いな”と切り捨てていただろう。(実際に初期の頃にもホールド自体は触ったりしているが可能性を感じなかった)

インドラでも右手がバック3が良いかフロント3が良いかは、フィジカルが出来上がってない時期の自分にはあまり違いがわからなかった。
登れた時はコンペに向けてトレーニングを積んだ後だったため、些細な保持感の違いにも気づくことができ、更にフィジカルに全体的な余裕も生まれ、いつもと違った感覚になりより最適なチョイスができたのだろう。

つまり、
“なんでもっと早く気付かなかったんだー!”
と考えるのは過去の自分を過大評価しすぎであり、当時の自分のクライミング能力では気付くことができなかったと捉えるべきなのだ。

 

ムーブに迷走することも、クライミングの楽しさ

完登できないムーブにこだわることが無駄ではない理由の3つ目は、まさにそのようなムーブの試行錯誤、迷走、悶々とすること、ムーブ変更や改善で視界が開ける瞬間、そういった過程こそがクライミングをするということだからだ。

もちろん結果は大事である。
完登できなくて良いというのは嘘だ。
しかしムーブ迷子になっていることすらもクライミングの楽しさの一つである。
そう開き直れば完登できないムーブを繰り返し続けた日々にも意味を見出せる。

 
 

ムーブの変更の選択肢を捨てないためには

とは言え、ムーブ変更という切り札を最適な時に切れるに越したことはない。
あるムーブを3日間探り検討することで十分ならば、そのムーブを10日も20日も試し続けたくはない。
4日目からは新たな可能性のあるムーブに賭けたい。

そのためにどうすれば良いか。

 

サンクコストに囚われない

まず大原則として、「ムーブを一度決めたら変えない」という態度は基本的に取るべきでないと僕は思う。
“ムーブが決まっているんだから今更変えるべきじゃないよ”
“せっかくここまでムーブを固めたのに、変更したらこれまでの努力が無駄になる”

などの考えには賛同しない。
その課題に対して自身のクライミング能力が十分に上回っている場合、自分と課題との距離感をいつも正しく見積もれる一流クライマーの場合、などはムーブを決め打ちして良いかもしれないが、基本的には常に柔軟にニュートラルにムーブの選択肢を持つべきだろう。

そもそも論として、ムーブを固めるの費やした時間と完登できる確度は関係がない。
あるムーブの先に完登が無いなら、それを変更するのがどんな時でも完登への近道である。
クライマーに限らず人間は、これまでに費やした時間・努力量・金額などが今後の選択に影響してしまう生き物だ。
しかしニュートラルに考えれば、一度もやったことがなくても最適なムーブがあるならば、これまで時間や努力を費やしたムーブを即座に切り捨てるべきである
この場合の、適切ではなかったムーブに費やした時間・努力量・金額などのように回収不可能なコストをサンクコスト(沈んだ費用)と言い、僕らはサンクコストに振り回されず常にゼロベースで判断を下さねばならない。

“ここまで固まっているから絶対にこのムーブだ!”
というのは、一見理にかなっているように見えてただの思考停止なのだ。
(もちろん、ムーブにこだわって完登を目指すこともクライミングだが、完登を上回るだけの信条がそこにあるのかは一度考えてみた方が良い)

 

鳥の目と虫の目を常に持つ

もう一つ。
ムーブ変更や改善のために最近大切だと感じるのは、「具体的なムーブを追求すること」と「課題やルート全体の流れを掴むこと」の両方の視点を常に流動的に持つことだ。
課題の核心などをやり込むと、細かなホールディング、微視的な足置き、言葉にできないタイミングの取り方など、ものすごい具体的で細かいことが気になってくる。
そういったマイクロベータの改善はもちろん超重要なのだが、ドツボに入り過ぎると考えがそこから抜け出せなくなる。
ドツボにハマると、その前後での身体の動き、その他のムーブとの関連、ルート全体の流れ、自分の体調、など大局的な視点が忘れがちになってしまう。

美しき流れも、最終的に選ぶことになったムーブは最後に左手の指先への負担が高く自分の力量ではその保持力を残せないと思い当初は切り捨ていていた。
従来のムーブは指先の負担は少ないものの、ボディの余力と引き付けを必要としたがその方がまだ可能性があると考えていた。
しかし自分がルートの強度に慣れることで、それまでは直前でレストできないと思い込んでいた箇所で左手をある程度休ませることができると気づき、むしろボディや引き付ける力を残し切るより、左手の指先力を維持・回復させることにかける方が良いのではと思い、結局はムーブを変更して完登に至った。

このように常に「全体⇔一部」「抽象⇔具体」のように視点を柔軟に切り替えることを、鳥の目(全体や抽象)と虫の目(一部や具体)を持ち続けるなどと言う
クライミングでも深い沼にハマり続けているときこそ鳥の目を、ぼんやりと抽象的にしかとらえきれていないときこそ虫の目を持とうと心掛けると、より最適なムーブが発見できるなど突破口が見い出せるかもしれない。

<鳥の目、虫の目>