クライミングで、1つの課題に執着すべきか、手広く攻めるべきか

クライミングで、1つの課題に執着すべきか、手広く攻めるべきか

ジムのトレーニングでも、岩場で登るときでも
1つの課題を登り切るまで執着するか、ある程度で見切りを付けて次の課題に移るか」
という判断にいつも悩む。

“その課題に執着しても今の実力では完登は難しい。でもこだわりたいし、何より頭から離れない”
“目標課題が登れるまで、他の課題は触りたくない”

と考えるか。
または逆に、

“登れない課題に執着すべきなのだけれど、完登が無理そうだとモチベーションが続かない”
“できないワンムーブをやり続けるより、色んなタイプの課題を触って上手くなりたい”

というクライマーもいるだろう。

 
 

1つに執着 or 色々と手広く

完全に二分されるわけではないし場合によって誰もがどちらにも成り得るが、多くのクライマーの性格はこの
・執着タイプ(オオカミ)
・手広くタイプ(フクロウ)

に分かれるのではないか。
(※実際の動物の狼と梟の狩りの習性は知らない。あくまでイメージ)

<執着するオオカミタイプと手広く攻めるフクロウタイプ>

一流クライマーの中にも両方のタイプがいるだろう。

 

オオカミタイプの有名クライマー

典型的なオオカミタイプは吉田和正さんが思い浮かぶ。
『岩と雪 164』のインタビューでは、以下のように答えている。

“(高難度ルートを登るのに必要なものは?という質問に)
あきらめないってことだよ。しつこい性格だよ。おれはしつこいさ。

“ただやるかどうか、いや、そういうのに価値を感じるかどうかだよな。
何回も、そして100回も200回も、300回もやって、登れてうれしいと思うかどうかだよな。
おれはそういうのをうれしいと思ってるから。
3回ぐらいやって、それが登れないって思うやつにはできないだろうしさ。”

まさにThe執着のクライマーであり、そこには信念を感じる。

 

フクロウタイプの有名クライマー

逆に手広く攻めるフクロウタイプの筆頭は杉野保さんだろうか。
『ROCK CLIMBING 015』のインタビューにて

(難しいルートに打ち込んでいるイメージがあまりないのですが、そういったクライミングはされないのですか?という質問に)
難しさをプッシュしていこうとはあまり思わないな。

(中略)

僕は基本的に3日以上はトライしないんだよね。
なんか3日やって登れなかったら「俺にはまだ早いな」って思っちゃうんだ。

これもまた頷ける意見である。
結果として杉野さんは高いレベルでオールラウンドに活躍したクライマーとなった。

 

僕の場合

僕は1日の中ではそこまで執着しない(できない)けれど、何日にも渡って宿題を触り続けるタイプな気がする。
ヨレてくると気持ちが負けてしまうので、”もう今日は無理だ・・・”と触るのを止めてしまう。
でも日が変わると、”今日こそはできるはず!”とまた闘志を燃やせる。
そしてだいたいはそんなに感触が変わっていなくて、その日も諦めて日を跨いで宿題にしてしまう。

気持ちはいつもオオカミなのだけれど、結果的にフクロウになってしまうという感じだろうか。

 
 

両タイプの特徴、メリット・デメリット

それぞれのタイプの特徴やメリット・デメリットを考えてみる。

 

高難度レッドポイント

オオカミタイプは何と言っても高難度のレッドポイントを狙うことができる
どんなに強いクライマーだって、自分の限界突破をするにはある程度の執着は必要だろう。
あのナーレ・フッカタイバルだって、Burden of Dreams V17を登り切るのに4,000回以上のトライをしたのだ。

フクロウタイプも
・得意課題の見極め
・オンサイト能力/少ないアテンプトで登り切る能力の向上
によって高難度レッドポイントを手にしているクライマーもいるが、一般的にはオオカミタイプよりも最高グレードは下がる傾向はあるはずだ。

 

生涯で登れる課題の数

一方でオオカミタイプのデメリットとしては、高難度に執着したりたまたま触った課題に変にハマったりした結果、完登までの時間を費やしてしまうことが挙げられる。
ジムでも岩でも言えるが
・自分の限界グレードを1本登るのに費やす時間
・その1つ下のグレードを登るのに費やす時間
は何倍も、時には10倍以上開きがあるように思う。
(余談だが、ポイント制コンペで1グレード違うのに得点が2倍くらいしか違わないと萎える。4倍は離して良い。笑)

オオカミタイプにとっては1つの課題を10日や20日触り続けることはザラであり、もう少し簡単な課題を手広く触っていれば何倍もの完登を手にできるかもしれない。
その点フクロウタイプはこの世界に無限にある良質な課題に数多く触れ完登することができる。

 

身体・感覚の変化

オオカミタイプはひたすらに同じ課題、同じムーブを繰り返すことによって、自分の身体がだんだんと課題にフィットしていき、感覚も研ぎ澄まされ完登に近づくことができる。
結果として、高強度をやることによって特定の身体の使い方やホールディングに強くなるというのもあるが、逆に言うとそれ以外の能力が落ちる恐れもあるのでここは一長一短だ。

また『クライマーズ・ボディ』には、

積み重ねの中には、「神経の適応」というプラス要因と共に、「失敗の記憶」というマイナス要因も同時に隠されている。
このプラスとマイナスがどの程度でどちらに傾くかというのが非常に難しいところだが、通常では「ムーブができた時の記憶」がプラスに積み重ねられるのはトライ数5~10回くらいまでで、それ以上になると「失敗の記憶」の方が大きなウェイトを占めてくるような気がする。

とある。
つまり1つの課題や1つのムーブに執着することによって、失敗の悪いイメージや身体感覚が蓄積される可能性もあるのだ。

対して手広く触るフクロウタイプは、色々な課題を登った結果多くのムーブを経験するので、バランスが取れるような身体になっていくだろう。
ただし、自分の最大筋力を発揮し続けるような課題を意図的に混ぜていかないと、いつまでたっても限界を伸ばすことができない状況に陥る。

<クライマーズボディ>

 

ツァイガルニク効果・注意残余

以前『ロクスノ081』の「僕らは考える石ころである」でも少し触れたが、人間は達成できなかった事柄をより強く記憶に残してしまう習性がある。(ツァイガルニク効果と呼ぶ)
この余計な記憶があったりマルチタスク状態にあるときは、心の中に余計な”注意残余”が残り続け、すぐに次の事柄に没頭・集中しづらいと言われている。

この点から考えると、オオカミタイプは1つ1つきっちり片づけていくので常に注意残余がなく今狙っている課題に全力集中することができる。
対して、注意残余が生じやすい人がフクロウタイプになると、あれもこれも手を出すのだけれどイマイチ集中し切れなくてどの課題も登れないのに宿題だけが増えていくという状態になるかもしれない。

<ロクスノ081>

スタイルの美学

哲学や美学の領域になるが、1つに執着するオオカミタイプと、手広く課題を触っていくフクロウタイプのどちらがより良いクライミングスタイルなのかという話もある。
冒頭に挙げたように吉田和正さんは、何百回もトライすることに価値があると考えていてそれが彼の美学であった。
一方で例えば、最近のヅッカーさんブログ「May the friction be with you!」でも引用されていたように、ガメラさんこと菊地敏之さんのようにテンション連発でムーブ練習しレッドポイントしても価値が薄いと考えるクライマーもいる。
(もちろんオオカミタイプだからといってテンションの連発をスタイルとして許容するわけでは決してない。ここは別物ではある)
このようなスタイルは、10段階評価で最も価値がない10として、トップロープでの完登よりも下と述べている!

10.1回につき10指を超える回数のテンション(トップロープ含む)後のレッドポイント
  (レッドポイントまでの回数はまったく関係なし)

これは僕自身耳が痛い話だ。
完全にスタイル論争なのだけれど、クライミングの美学として様々な考え方があることは理解しておきたい。

 
 

オオカミ vs フクロウ まとめ

と色々書いてまとまらない(まとめるつもりがない)のだが、ひとまず僕としては
「シチュエーションによって、1点集中のオオカミモードと手広く攻めるフクロウモードを適切に使い分けたい」
ということだろうか。

本当に人生を掛けて完登したい憧れの課題を目の前にしたら、なりふり構わずオオカミ戦略を取るだろう。
・特化したトレーニング
・他の課題を触ることを止める
・過度な減量
何だってすると思う。
一方で常にオオカミモードの場合、視野狭窄になるし何よりクライマーとしての器が大きくならない。
例えばクラックを始めた時など新しい分野に進んだ際には、技術習得の意味でもフクロウ戦略で簡単なグレードからたくさん手広く触った方が上達もあるだろう。

普段のジムトレーニングでもオオカミモードで、「1日中止まらない1手のトレーニング」をすることもたまにはあるかもしれないが、常にそれだと身体を壊す。
持久力底上げのためにたくさんの課題を登り込みたいのにオオカミモードになってそんなことをしていたら、本末転倒。
目的意識を持って使い分けるべきだ。

野村真一郎くんブログの「白道との2年間」は参考になる。
(僕の解釈が多分に混じるので違うかもしれないが)かつてはフクロウ的に自分に合いそうな課題を探しそれらを狙いすましたように登っていたが、白道やOff The Wagonに出会って変わる。
白道にオオカミ的に集中するのだけれど、がむしゃらに取り組むのではなく”オープンハンドの克服”という広い視座でトレーニングを開始して、2年後に白道に挑む。
どんなクライマーにも新しい発見がある素晴らしい記事。

 

参考ブログなど

上で貼り切れなかったけれど、過去に自分が書いてきた記事で近しいテーマのものを紹介します。

<個別の課題ではなく、分野として広げる時期とフォーカスする時期の話>

<グレードのステップを踏んで徐々に上げていくべきかという話>

<推しクライマーインタビューではカッコ良いオオカミ的な人が多かったように思える。小林夫妻は素晴らしきオオカミのモデル>

<吉田さん追悼>

<杉野さん追悼>